研究課題
ガス状生理活性物質である硫化水素(H2S)は中枢神経系で神経伝達修飾物質として働くほか、細胞保護因子としても機能する。脳の神経細胞や血管内皮細胞ではL-システインからシステインアミノトランスフェラーゼ(CAT)と3-メルカプトピルビン酸硫黄転移酵素(3MST)によって生合成される。しかし、その制御機構や生体内での機能については不明な点が多い。そこで、H2S 生合成酵素の制御メカニズム、および、H2Sの生理機能の解明を目的として研究を進めた。実施計画に基づき研究が進展したが、以下に主要な点について述べる。1.3MSTによるH2S生産には還元性の補酵素が必要だが、対応する生体内分子はこれまで明らかになっていなかった。本研究では、これがチオレドキシン(Trx)およびジヒドロリポ酸(DHLA)であることを明らかにし、3MSTによるH2S生合成過程の分子機構を提唱した。また、3MSTがチオ硫酸も基質として取りうることを示し、H2S生合成に関連した代謝経路について知見を加えた。この成果について論文を発表した。2. 3MST/CAT経路からのH2S生産活性がカルシウムイオンによる制御を受けることを明らかにした。また、H2Sが網膜光受容細胞内のカルシウム濃度を低く抑える機能を有することを明らかにした。この現象は、H2SがプロトンポンプV-ATPaseの活性化を引き起こして光受容細胞-水平細胞間隙を酸性化し、光受容細胞の電位依存性L型カルシウムチャネルを抑制するというメカニズムによるものであった。ところが、強い光刺激を受けるとH2Sによる制御がきかなくなり網膜光障害が起きる。この状況下でH2Sを外部から投与すると、形態異常・細胞死・活性酸素種によるDNA損傷などの障害が軽減された。H2Sの細胞保護作用に基づいた医療応用が期待される。この成果について論文を発表した。
1: 当初の計画以上に進展している
平成23年度に計画していた「脳におけるH2S生産経路の検討」については、H2S生産酵素3MSTを中心とした代謝経路を明らかにした。3MSTは3-メルカプトピルビン酸だけでなく、チオ硫酸も基質として取りうることを明らかにし、H2Sの生産・代謝経路を整理し、新しい知見を加えた。 同じく、平成23年度に計画していた「3MSTによるH2S生産活性制御因子の同定」については、3MSTのH2S生産補因子として、チオレドキシン(Trx)とジヒドロリポ酸(DHLA)を同定した。以上の成果をまとめ、論文として発表し、目標を達成した。 当初平成24年度に計画していた「神経保護因子として働くH2Sの機能の理解」については、網膜におけるH2Sの細胞保護作用を明らかにした。平成23年度の計画に関連して、3MST/CAT経路に対しカルシウムが制御因子として機能することを示した。さらに、H2Sが網膜光受容細胞のカルシウム濃度を低く保ち、網膜光障害から細胞を保護することを明らかにした。以上の成果をまとめ、論文として発表し、目標を達成した。 平成23年度の計画を完成し、平成24年度の計画も推進していることから、当初の計画以上に研究が進展していると評価した。
平成23年度は、H2S生産酵素3MST、および、CATの制御因子の同定を行った。平成24年度は、3MST以外のH2S生産酵素シスタチオニン βーシンテース(CBS)やシスタチオニン γーライエース(CSE)にも着目し、制御因子の同定やH2Sの代謝経路に関する理解を深めることを目的とする。タンパク質を精製し、生化学的解析を通して酵素の性質を検証する予定である。生体内におけるH2S生合成の制御機構について広く解析を進める。 平成23年度は、網膜において、H2SによるプロトンポンプV-ATPaseの活性化を引き金としたカルシウム濃度の制御と網膜光障害に対する細胞保護作用について明らかにした。平成24年度は、脳神経系におけるH2Sシグナル経路への理解を深めるため、薬理学およびイメージングの手法を利用し、H2S感受性分子の探索を継続する。初代培養神経細胞、または、初代培養アストロサイトを用い、H2Sドナーを作用させたときの反応を観察するほか、薬理学的手法によってH2S感受性分子を同定する予定である。中枢神経系H2Sの生理機能に関連する分子メカニズムの解明に努める。 本研究は、H2Sの神経細胞保護因子としての機能を明らかにし、神経疾患の原因究明や創薬・医療に応用に役立てることが大きな目標である。そこで、アルツハイマー病などに代表される神経変性疾患や脳梗塞による障害などで誘導される神経細胞死の分子メカニズムの解析を進め、H2Sによる細胞保護薬や治療法の確立を目指す。
必要最低限の支出を行い、研究を遂行した。次年度使用研究費は、基金の制度を活用して、効率良く研究を進めていった結果、生じたものである。・設備備品:国立精神・神経医療研究センター神経研究所神経薬理研究部、および、神経研究所内の共通機器などの設備等を利用して研究を実行する予定である。したがって、新規の設備備品購入は計画していない。・物品費:生化学実験、薬理学実験で必要な試薬、プラスチック器具、タンパク質精製カラム、ガラス器具などの購入に使用する。培養細胞の維持やそれを用いた実験に必要な試薬、液体培地、プラスチック器具などの購入も計画している。さらに、マウスとラットの購入、飼育、維持管理に必要な物品に加え、動物実験とその解析に必要な試薬、抗体、器具類の費用としても使用する。さらに、本研究成果発表のための論文別刷り費用も計上している。・旅費:研究成果を発表するための学会参加・発表に使用する。神経科学、生化学、薬理学に関する各学会において発表をおこなう予定である。・その他:研究成果発表のための論文投稿費用、文献複写などに使用する。
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すべて 雑誌論文 (4件) (うち査読あり 4件) 学会発表 (6件) 備考 (1件)
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