研究課題/領域番号 |
23790360
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
大篭 友博 名古屋大学, 医学(系)研究科(研究院), 研究員 (80584755)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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キーワード | 神経糖鎖生物学 |
研究概要 |
交通事故、スポーツ事故、脳挫傷などによって損傷を受けた中枢神経の軸索は、末梢神経と異なり再生しない。長年の研究からその理由は成熟神経細胞の再生能力が低いこと、損傷神経周辺部の微小環境に存在する再生阻害物質の存在の2点に帰着しつつある。損傷部位周辺で活性化したアストロサイトから産生されるプロテオグリカン(PG)はタンパク質上にグリコサミノグリカン(GAG)と呼ばれる長大な糖鎖が結合した糖タンパク質であり、強力に軸索再生を阻害する。申請者の研究室ではGAGの1種であるケラタン硫酸(KS)に研究対象を絞り、損傷後の軸索再生阻害効果について調べてきた。その結果、KSの欠損動物やKSを分解処理した動物では脊髄損傷後の機能回復が顕著に促進された。本申請研究はKSPGが神経細胞上に発現したKS鎖受容体に結合し、能動的に軸索再生阻害シグナルを導入していることを証明することを目標としている。GAGが直接受容体を介して細胞内にシグナルを導入する仮説は、GAGが持つ生物学的機能について新たな知見を提供するものであり、極めて意義の高いものである。この目標達成のため、当該年度は軸索再生を阻害するKSPGの正体を確実に突き止め、同定されたKSPGがKS鎖依存的な軸索再生阻害効果を持つかどうかを明らかにした。また同時に神経細胞上に発現したKS鎖受容体の同定に向け、3種の受容体型チロシンフォスファターゼをクローニングした。具体的にはサイトカイン処理によって活性化されたアストロサイトから産生されるPGを陰イオン交換カラムによって精製後、ショットガンプロテオミクス法によってタンパク質を同定し、当該PGの大部分がホスファカンとニューロカンであることを突き止めた。さらに、抗PG抗体と抗KS抗体を用いた免役沈降とイムノブロットの実験から、ホスファカンに対して選択的にケラタン硫酸が結合していることが確実になった。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
本研究を遂行するためにはどのようなケラタン硫酸プロテオグリカンが軸索再生を阻害するのかを第一に明らかにし、研究対象とするプロテオグリカンを正確に絞り込むことが必須となる。そのため、平成23年度の研究では研究対象とする軸索再生阻害を司るケラタン硫酸プロテオグリカンの絞り込みについて特に重点を置くように心がけた。具体的には新生ラットの脳抽出液と活性化アストロサイトの培養上清からプロテオグリカンを抽出し、得られたプロテオグリカンが軸索再生を阻害することを確認した。また、これら2種のプロテオグリカン精製物の中には共通してホスファカンが存在していることを明らかにした。そこで次にホスファカンにケラタン硫酸が結合しているかどうかを免疫沈降実験で確認することにした。ホスファカン特異的な抗体は市販品が無いため自ら作製する必要性があった。分子量が大きいことや多くの糖鎖が結合していることから、この実験には多くの時間を費やすことになったが、抗ホスファカン抗体と抗ケラタン硫酸抗体を用いた免疫沈降実験によって、ホスファカンが選択的にケラタン硫酸を有することが明らかになった。また、本研究では次年度以降ホスファカン上のケラタン硫酸鎖に結合する受容体分子の決定を計画している。近年、グリコサミノグリカンの1種であるコンドロイチン硫酸と受容体型チロシンホスファターゼ(PTP)が結合することが報告されており、申請者もPTPがケラタン硫酸とも結合する可能性を考えている。平成23年度にはPTPσ、PTPδ、PTPFの3種類についてコンドロイチン硫酸結合ドメインとタグを融合させた融合タンパク質を作製することに成功した。次年度以降これらのタンパク質を用いてホスファカンとの結合実験を行うことにより、受容体が同定されることが期待できる。以上の成果から概ね実験計画は順調に進行していると判断した。
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今後の研究の推進方策 |
平成23年度までの研究で軸索再生を阻害するKSPGはホスファカンであると決定づけられた。そこで、平成24年度はホスファカン受容体の同定と、受容体が認識する糖鎖構造の決定に重点を置きたい。ホスファカンの受容体同定は以下の2つの方向性で進める予定である。1)前年度に作製した3種の受容体型チロシンホスファターゼと精製ホスファカンの結合性をELISA法で解析する。2)新規受容体同定のため、Fcタグ融合型ホスファカンを初代培養神経細胞に添加し、ホスファカン-受容体の複合体を精製後、ショットガンプロテオミクスで受容体を同定する。当該2つの路から受容体同定にアプローチする。また受容体が認識する糖鎖構造の同定については、ホスファカン-受容体結合を阻害できる糖鎖機能ドメインの探索に重点を置いて行う。具体的にはプレート上に固定化したFc融合型受容体に対して、アルカリホスファターゼ融合型ホスファカンを添加して結合レベルを解析するが、この際化学合成した重合度や硫酸化度の異なるケラタン硫酸部分構造を同時に加え、結合を阻害することが出来る機能ドメインを同定する。また当該機能ドメイン単独で生物学的活性があるかどうかを明らかにするために、化学合成ケラタン硫酸をコートしたプレート上で神経細胞を培養し、軸索伸長レベルを評価する。ただし、コアタンパク質の重要性も視野に入れるためホスファカンコーティングプレートを用いた実験も同時並行的に行う。軸索再生阻害が起きた系については細胞内のシグナル伝達経路も解析したい。具体的にはDystrophic endballの形成に関わるとされているパキシリンやプロテインキナーゼAのリン酸化度について解析する。
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次年度の研究費の使用計画 |
次年度、本研究を遂行するにあたっては、研究施設・設備備品等は現在申請者が所属する研究施設で保有しているもので問題ない。特に受容体同定に使用する質量分析装置については名古屋大学大学院 医学系研究科 附属医学教育研究支援センター内に共通機器として設置されている。またタンパク質精製については所属研究室内にAKTA Purifierが設置されている。また昨年度から申請者の所属する研究室には高速液体クロマトグラフィーが導入され、グリコサミノグリカン鎖の構造解析が可能になった。従って、受容体が認識するホスファカン上の糖鎖機能ドメインの同定についても当該装置を用いることによって遂行可能であることが予測される。よって論文投稿に必要な費用を除いて、研究費の多くを消耗品費に充てたい。平成24年度の研究では、ショットガンプロテオミクスによるホスファカン受容体の同定、ホスファカン-同定された受容体分子間の結合実験、受容体が認識する糖鎖機能ドメインの同定の3点が主軸となる。そのため、高速液体クロマトグラフィー・質量分析用試薬(質量分析前処理用試薬類、高速液体クロマトグラフィーグレード試薬類)とリコンビナントタンパク質(Fcもしくはアルカリホスファターゼタグ融合型ホスファカン/ホスファカン受容体)の合成・精製に要する費用に多く配分する予定である。また、より生理的条件下の解析を進めるためには神経細胞の初代培養実験は欠かせないことから、マウス・ラット等実験動物購入・飼育費用にも研究費を充てている。消耗品以外の研究費は成果発表と論文投稿費に充てる。特に成果発表については国内学会として日本生化学会・日本神経科学会への参加、国際学会として米国神経科学会への参加を計画しており、これらの旅費に該当する。
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