研究課題/領域番号 |
23790517
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研究機関 | 独立行政法人国立がん研究センター |
研究代表者 |
中原 知美 独立行政法人国立がん研究センター, 研究所, 研究員 (60601177)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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キーワード | パピローマウイルス / がん / DNA損傷応答系 / ATM / 角化細胞 / 細胞分化 |
研究概要 |
ウイルスの生活環を研究するためには、実験室内でウイルスの増殖サイクルを再現することが必須である。発がんウイルスであるヒトパピローマウイルス(Human papillomavirus:HPV)の増殖は、感染宿主である角化細胞の分化に依存しているため、培養細胞から感染性ウイルス粒子を得ることができない。本研究は、本来表皮形成の終盤でしかおこらないHPVゲノムの大量複製(後期複製)を、人為的な操作で誘導できるウイルス産生細胞を確立することにより、培養角化細胞から感染性HPV粒子を簡便に調製する方法を開発し、得られた感染性ウイルス粒子を用いて実験室内でHPV増殖サイクルを再現することにより、HPV生活環の分子基盤を明らかにすることを目的としている。 本年度は、1.HPV潜伏持続感染様の培養角化細胞の樹立 2.テトラサイクリン発現誘導系を用いたウイルス複製因子E1およびE2の過剰発現によるHPV大量複製の誘導 3.ウイルスキャプシドタンパク質(L1・L2)の発現誘導によるウイルス粒子産生を行った。結果、培養角化細胞において、人為的な操作によりHPV大量複製を誘導することに成功した。しかしながら、ゲノム大量複製に伴って、細胞死が誘導されることを見つけた。詳細に解析すると、E1の発現によって細胞のDNA損傷応答系が活性化し、細胞死が誘導されることが分かった。また、HPV潜伏持続感染様の角化細胞では、E1によるウイルスゲノム複製は行われないことを発見した(研究業績)。分化した角化細胞では、E1によるゲノムの大量複製は起こるが細胞死は誘導されないことから、HPVはDNA損傷応答系の活性化を避けるため、細胞内環境に応じて、E1依存的、非依存的複製を使い分けていることが示唆された。さらに、平皿上で角化細胞の分化を誘導することにより、キャプシドタンパク質の発現を誘導できた。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
当初の計画では、まずHPVゲノムを核内エピゾームとして維持している潜伏感染様の角化細胞を樹立し、その細胞に外来性プロモーターからのE1・E2発現を誘導することにより、ウイルスゲノムの大量複製を人為的に操作できる細胞を作製、さらにキャプシドタンパク質発現を導入することにより、角化細胞内で大量にウイルス粒子を産生させる予定であった。本年度は、潜伏感染様角化細胞の樹立およびゲノムの大量複製の誘導に成功した。一方で、E1・E2発現およびゲノムの大量複製に続いて細胞死が観察された。293細胞等を用いた一過的なE1・E2発現によりウイルスゲノム複製を評価する実験系においては、このような細胞死の誘導は過去に報告がなかったため、予想外の結果であった。細胞死は比較的急速に起こるため、キャプシドタンパク質発現を素早く導入する必要が生じ、結果としてウイルス粒子産生が困難となった。そこで細胞死の誘導を回避し、ウイルス粒子産生に十分な量のキャプシドタンパク質の発現を得ること、また細胞死誘導の科学的な意義を追及する目的で、細胞死誘導のメカニズムの詳細な解析を行った。結果、E1発現に対して細胞のDNA損傷応答因子であるATMが活性化し、p53非依存的に細胞死を誘導することが判明した。この知見については専門誌上で発表する予定である。さらに、HPV潜伏感染様細胞では、E1非依存的なゲノム複製によりウイルスゲノムコピー数が維持されることが判明し、この結果は専門誌上で発表した(研究業績)。 HPV生活環の分子基盤を解明する上で興味深い知見をえることができたが、感染性ウイルス粒子産生までには至らなかったため、研究計画上はやや遅れてしまうという結果になった。
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今後の研究の推進方策 |
平皿上で培養液にCa等を添加することによって、角化細胞の分化を効果的に誘導できた。E1発現による細胞死誘導のメカニズムを解析したところ、角化細胞を分化させた上で、E1・E2によるゲノムの大量複製を誘導すると、ATM活性化による細胞死の誘導が起こらないことが判明した。この知見に基づいて、平皿上で角化細胞の分化およびゲノムの大量複製を同時に行うことにより、細胞死の誘導を回避して感染性ウイルス粒子を産生させるという方針をまずは採用して研究を推進する。また、キャプシドタンパク質発現プラスミドを角化細胞に導入したところ、わずかな発現量しか得られなかった。用いたキャプシド発現プラスミドは、293細胞を用いた偽ウイルス粒子調製法に用いられているプラスミドと同一であることから、未分化な角化細胞におけるキャプシドタンパク質の発現は、外来性プロモーター由来であっても強く抑制され得ることが示唆された。HPVゲノムを維持する角化細胞を平皿上で分化させたところ、分化に応じてHPVゲノム内在性プロモーター由来のキャプシドタンパク質の発現を確認できた。このキャプシド発現量はウイルス粒子産生に十分量であった。つまり、平皿上での角化細胞の分化と、E1・E2によるゲノム複製を同時に誘導することにより、培養角化細胞から高収量のウイルス粒子を得られると予想される。 一方で、将来的にレポーター遺伝子を挿入した改変ウイルスゲノムを取り込んだウイルス粒子の産生を可能にするために、キャプシドタンパク質の発現抑制の原因について解明する。その結果を踏まえて、ATMを恒常的にノックダウンした細胞を作製することにより、E1が発現しても細胞死が誘導されない細胞を樹立し、発現抑制が解除されたキャプシドタンパク質を導入して、細胞分化に頼らないウイルス粒子産生系の開発を目指す。
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次年度の研究費の使用計画 |
角化細胞を分化させウイルス粒子を調製するために必須の研究機器は概ねそろっている。研究費は以下の項目に使用する。1.主に角化細胞培養に必要な培養液等の消耗品、および2次増殖サイクルの評価に3次元培養法を用いるため、それらに必要な特殊な備品や培養液の購入。ウイルス粒子精製は密度勾配超遠心により行うため、超遠心に必要な消耗品および試薬の購入。2.得られたウイルス粒子の評価の一環として電子顕微鏡観察を行う。電子顕微鏡観察に必要な備品・人件費等。3.ウイルスゲノムDNA、ウイルス由来mRNAの定量や、レポーター遺伝子を導入した改変ウイルスゲノムの感染を評価するために必要な試薬の購入。必要性が生じれば、定量に必要な機器の購入を検討する。4. ウイルスおよび宿主タンパク質の定量・観察に必要な抗体等の試薬や、顕微鏡使用にかかわる試薬等。5.ウイルス感染の評価を簡素化するために、ウイルス感染初期に発現するウイルスタンパク質に対する好感度の抗体を作成するための費用。 1-5の結果に基づいて、得られた感染性ウイルス粒子を用いた抗ウイルス薬やsiRNA等のスクリーニング系の開発に着手する。つまり、6.スクリーニング系の開発および実施に必要とされる、siRNA・cDNA・薬剤的な活性物資のライブラリー購入費用等。7. 得られた感染性ウイルス粒子を用いた動物感染モデルの開発にかかわる実験動物の購入費用等。8.1年目および2年目の研究成果を国内外の学会で発表したり専門誌上で発表するための旅費、投稿費、掲載費、英文校閲にかかわる費用に使用する。 必要性が生じた場合は、専門家の助力を仰ぐための謝金等に使用する。
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