医療経済評価において、通常「社会の視点」からの分析では生産性損失を費用として加えることが一般的である。しかし、医療経済評価の方法論についてコンセンサスをまとめた「ワシントン・パネル」では、生産性費用は効用値の低下として反映されアウトカムに含まれるため、費用に含めることは二重計上になり、支持しないとの見解をまとめた。しかし、この見解に対する批判も多く専門誌上で論争が戦わされたが、必ずしも結論が出ているわけではない。 本研究では、6551人に対してWEB調査を行い、仕事ができないことがQOLにどのような影響を与えているか調査した。健康状態はEQ-5Dを用いて記述し、以下のように軽度(2状態)、中程度(3状態)、重度(3状態)の計8状態について、それぞれ所得に関する3パターンの指示(instructionなし、所得が失われることを明記、所得が補償されることを明記)をつけた。これら計24パターンについてTTO法とSG法で評価して、QOL値を得た。回答者は24パターンのうち、一つをランダムに割り付けられた。 得られた主な結果は以下の通りである。(a) 所得が失われるという明確な指示がなくても、多くの回答者は所得が失われることを自発的に想定していた。(b) 所得が失われると想定される程度は、QOL値に関連していた。10%所得が失われると効用値は健康状態によって0.02から0.04程度有意に減少していた。この傾向は調査方法(TTO法とSG法)には依存しなかった。(c) しかし一方でQOL値はたとえ失われた所得が社会保障等に補償されたとしても、QOL値は改善しなかった。これは、所得がQOLに与える効果は、金銭的な収入だけではないことを示唆している。 以上より、(c)の結果から所得の低下がQOLに与える影響は無視できる程度であり、QOLと生産性損失の二重計上の影響は大きくないものと考えられた。
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