研究課題
本研究の目的は、急増する肥満や代謝症候群(MetS)において、うつに関する因子(ストレス度・うつ状態・遺伝素因)の影響について肥満コホートを基盤に検討し、「うつ状態・遺伝素因に応じた日本人肥満・MetSにおける効果的診断・予防法とオーダーメイド治療プログラムの確立」を目指す事である。肥満症83例にてうつのテストであるSelf-rating Depression Scale(SDS)テストと視床下部-下垂体-副腎系(HPA axis)活性指標である唾液コルチゾール濃度を測定し、肥満症では健常人より高率なうつの合併を認めた。また、唾液コルチゾール濃度は炎症・動脈硬化指標と有意な関連を認めた。更に、唾液コルチゾールが高い患者ほど減量治療に抵抗性が高いことを認め、ストレス誘発性のHPA axis異常が日本人肥満・MetSの病態形成に関与することを報告した(Metabolism 61:255, 2012.)。また、肥満症において抑うつ状態が減量やリバウンドに与える影響を検討した。肥満症164例において、減量治療(食事・運動療法)による3ヶ月後の減量成功群は52%、1年後のリバウンド率は28%であった。リバウンド者は脂質代謝異常や低アディポネクチンなど心血管病(CVD)リスクの悪化を認めた。減量不成功群は成功群に比べ初診時のSDSが有意に高く、さらに高リバウンド群は他群に比べ初診時のSDSが有意に高く、精神科通院歴を有する症例も多かった。以上、肥満症の減量成功やリバウンドには抑うつ状態が関与する可能性を報告した(第32回日本肥満学会)。MetS・CVDの急増が危惧される中、本研究にてうつ状態を考慮した日本人肥満・MetSの至適診断・効果的治療プログラムが構築されれば、保健指導・疾病予防にも活用でき、健康寿命の延伸とQOL改善や医療費抑制に貢献でき社会的意義が大きい。
2: おおむね順調に進展している
日本人肥満病態とうつ状態との関連の検討に向けて、連携研究者(佐藤)と連携し、2012年4月時点で肥満・MetSの肥満登録数を目標の1000例以上である1045例に伸ばし、多数の肥満症多施設共同前向きコホートの構築に成功している。研究計画上の下記評価項目の取得も順調である。(1)肥満歴(生下時体重、20歳時体重、最高体重、20歳からの体重変化)、(2)家族歴、(3)簡易食物摂取調査票を用いた摂取カロリー・栄養素、(4)身体組成(体重、BMI、腹囲、皮下・内臓脂肪量)、血圧、(5)MetS危険因子重積度、(6)血中・尿中評価項目 a)糖脂質代謝、 b)腎機能、 c)炎症性サイトカイン、d)アディポサイトカイン、(7)動脈硬化指標:PWV・CAVI・IMT、(8)心機能検査、(9)エネルギー代謝、(10)うつ関連因子:a)ストレス・うつテスト:2項目質問、SDSテスト、PRIME-MD Patient Health Questionnaire(PHQ)、b)HPA axis活性:血中ACTH、血中・唾液コルチゾール[Salivary ELISA Kits](8時・23時測定)。以上の評価項目より、うつとMetS・CVD関連因子との関連を検討した。また、食事・運動療法による減量治療を行い、3~24ヶ月後に上記評価項目を定期的に測定し縦断研究を施行し、うつ状態と減量・リバウンドとの関連を多数報告した(Metabolism 61:255-261, 2012; 第32回日本肥満学会、第85回日本内分泌学会)。更に、本肥満コホートにおける肥満・うつ関連遺伝子712SNPsのスクリーニングにより、各SNPs多型別減量成功度を解析し、うつと減量成功に関連する遺伝素因の候補も同定しており、今後の縦断研究に加える予定である。以上より、平成23年度における研究達成度は「(2)おおむね順調に進展している。」とした。
I. 前年度の臨床研究に基づき、うつ関連因子(ホルモン・SNPs)と長期の減量効果や予後との関連を検討する。うつ関連遺伝子多型別に減量度・リバウンド率を検討し、影響の強い遺伝子多型を同定する。また、うつの強い・弱いタイプや減量成功・不成功群の各タイプ別に治療プログラムを考案する。うつの強いタイプや減量不成功群には、通常治療に加え下記の強化療法・介入プログラム、(1)頻回な個別栄養指導、(2)体重グラフなど生活習慣改善ツールを用いた療養指導、(3)心理カウンセリング、(4)対面・電話カウンセリングを施行し、介入による肥満・MetSのうつ因子改善度や行動変容とMetS・CVDリスク改善効果を通常治療と比較する。II. 基礎研究:(1)肥満症コホートにて減量度・リバウンド率にもっとも関連したうつ関連分子の過剰発現または欠損マウスを作製し、摂食行動・肥満調節作用を検討する。(2)糖尿病・肥満モデル動物における検討:遺伝性肥満・食事性 (高脂肪食負荷) 肥満モデル、血管障害モデルにてうつ関連因子の機能と作用機序を下記項目よりin vivoで検証する。(1)拘束ストレス、エンドトキシンショック投与時のACTH、プロラクチンの分泌亢進などHPA axis系の反応や(2)強制水泳や尾部懸垂などによるうつテストを施行し、摂食量・体重・エネルギー代謝の変化との関連を検討する。また、上記にて同定したうつ関連候補分子や既知の摂食調節ペプチドの脳室内・末梢投与による摂食代謝調節作用や報酬系への影響を検討し、肥満モデルにおけるうつ状態と最も関連する摂食調節分子を同定する。(3)上記のうつ・肥満関連遺伝子のメチル化について網羅的に解析し、肥満度・うつ状態や減量・リバウンド率との関連を検討する。以上より、うつ関連因子のMetS・CVD進展への影響と機序及び対策を基礎・臨床的に検討する。
本研究は主に京都医療センターにて実施し、申請者らはこれまで、肥満・MetSの病態生理やその合併症・心血管リスクに関する研究を基礎・臨床的に施行してきたため、本研究課題における研究計画の大部分は、現所属の研究センターの実験施設(動物実験施設、培養設備、遺伝子学的・分子生物学的解析装置・機器)や臨床施設の現有設備で行うことが可能である。そこで今回研究経費の主要な用途としては、主に肥満やうつに関連するホルモンの測定代(ELISAキット代・血液検査外注費)、遺伝子学・分子生物学用試薬代(PCRキット代・SNPs解析試薬など)、動物・細胞実験(動物飼育管理費・培養関連試薬を含む)に必要な経費など消耗品費を予定している。また、動物実験、細胞実験や分子生物学的実験には、修練を積んだ研究員・研究補助員が必要であり、その謝金を計上している。さらに、情報交換や学会で研究成果を公表するために必要な出張経費、および論文発表の際の論文校閲費や投稿・印刷代など諸経費も必要であり、計上している。これらを本研究費補助金から支出する事は関連法規などに照らして、十分妥当であると考えられる。各項目の金額は、今までに行った類似の研究で必要となった経費を基準とし算定している。当該経費の内訳:1.消耗品:(1)ヒト・マウスホルモン測定(ELISAキット代・血液検査外注費):約60万円。(2)分子生物学関連試薬(MACS/FACSの抗体等):約25万円。(3)培養関連試薬(ウシ胎仔血清、メディウムと試薬費)(細胞実験):約15万円。(4)飼育管理費(動物の購入代、管理代、餌代含む)(動物実験):約24万円。2.旅費:国内外の各学会での成果発表のための旅費:約20万円。3.謝金:研究補助員数名の実験補助代、外国語論文の校閲:約135万円。4.その他:英文雑誌・学会誌への研究成果投稿料や印刷代:約10万円。
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Metabolism
巻: 61 ページ: 255-261
DOI:10.1016/j.metabol.2011.06.023.Epub 2011Aug 25
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