慢性疼痛は中枢神経系における神経細胞の異常活動によって生じている。近年、大脳皮質が慢性疼痛処理に関与することが分かってきた。本研究では疼痛関連領域、一次体性感覚野(S1)第2/3層興奮性神経細胞の慢性疼痛における役割を明らかにすることを目的とし実験を行った。平成23年度は、慢性疼痛時には、S1の2/3層興奮性細胞活動が可塑的変化により亢進することを明らかにした。さらに、この過剰活動が慢性疼痛行動を制御していることもわかった。疼痛発現メカニズムとしてS1と別の疼痛領域である前帯状回ACCの関係に着目し、慢性疼痛時には、S1の過剰活動がACCの活動を亢進させることで疼痛行動が誘発されることを明らかにした。平成24年度には、S1の興奮性細胞活動を制御する抑制性神経細胞活動に着目し、この活動が亢進し、抑制性入力が増強することを明らかにした。抑制性細胞活動が亢進しているにもかかわらず、興奮性細胞活動も亢進して疼痛行動が惹起されるメカニズムとして2/3層抑制性細胞から2/3層興奮性細胞へのシナプス入力の変化に着目した。しかし、抑制性シナプス後電流に変化がないことからこのシナプスに変化はないことがわかった。次に、GABAの抑制力を制御するクロライドに着目したところ、疼痛モデルにおいて、クロライド濃度が増加し、クロライド濃度を制御するトランスポーターKCC2の蛋白発現が低下していた。これらの結果から、慢性疼痛時には、興奮性細胞のKCC2発現減少によりGABAの抑制力が減弱するため、抑制性細胞は興奮性細胞の過剰活動を完全に抑制することができず、疼痛行動が惹起されることが明らかになった。これらの結果は大脳皮質一次体性感覚野に着目した新しい慢性疼痛治療法の確立の一助となることが期待される。
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