研究課題
胃癌細胞の腹腔内移植により、移植後4週目で、ほぼ100%の確率で腹膜播種が形成される条件をIVISイメージング法により確立した。これらの動物を用いて疼痛評価を行ったところ、対照群と比較して有意な疼痛行動が認められた。疼痛行動が認められたマウスの脊髄後根神経節を摘出し、mu-opioid receptor(MOR)ならびにsubstance P(SP)の遺伝子発現量の変化を解析した。その結果、対照群と比較して腹膜播種群において、MOR mRNAの有意な減少とSP mRNAの著明な増加が認められた。一般にMORは、SPなどの一次求心性神経末端に局在し、これらの疼痛関連物質の遊離を抑制することにより鎮痛作用を示す。そこで、脊髄後根神経節のMORおよびSP陽性細胞数をカウントしたところ、対照群では約70%のSP陽性細胞上にMORが発現しているのに対し、腹膜播種群では、MOR陽性のSP陽性細胞数がSP陽性細胞全体の約40%にまで減少していた。次に腹膜播種疼痛モデルに対するモルヒネの効果を解析したところ、急性膵炎疼痛モデルの疼痛行動をほぼ完全に抑制するモルヒネの用量では50%の鎮痛効果しか示さず、高用量のモルヒネを投与しても鎮痛効果の頭打ちが認められた。さらにこれらのマウスにSP受容体拮抗薬を髄腔内投与したところ、疼痛行動は有意に抑制された。以上のことから、がんの腹膜播種に伴う腹痛には、SPの発現増加が関与していることが考えられ、このような痛みにはSP受容体拮抗薬が有効である可能性が示唆された。また、腹膜播種病態下ではモルヒネの受容体の発現が著しく減少していることから、臨床において、モルヒネを増量してもさらなる効果が認められないこと、さらには消化器症状を訴える腹膜播種の患者に便秘などの副作用を持つモルヒネを高用量で使用することは、控えるべきであることを強く提唱できると考えられる。
1: 当初の計画以上に進展している
本研究の目的は、オピオイド受容体の機能低下と疼痛の増悪が混在する病態、いわゆるモルヒネの効きにくいがん疼痛の克服である。23 年度は、臨床像に類似した胃癌の腹膜播種疼痛モデルの病態解析を行うことにより、モルヒネ抵抗性のメカニズムを明らかにするともに、モルヒネで改善されない痛みには、SP 受容体拮抗薬が有効である可能性を見出すことができた。さらに、in vitro の実験では、本研究で用いた低分化型胃癌細胞に対して、SP 受容体拮抗薬が、抗がん剤であるドセタキセルの抗腫瘍作用を増強させることも明らかにしている。現在臨床では、抗がん剤の制吐薬として SP 受容体拮抗薬のアプレピタントが用いられているが、アプレピタントの積極的な使用は、モルヒネ抵抗性の痛みを緩和し、かつ、がんの進展を抑制する可能性も考えられることから、がんの治療早期からの使用に有用性が高く、臨床的にも意義深い知見であると考えられる。
研究計画に記載したケモカインシグナルの関与の解析については、腹膜播種疼痛モデルマウスの脊髄ならびに脊髄後根神経節の各種ケモカインならびにその受容体の発現変化を解析したところ、いずれも対照群と比較し大きな変化は認められなかった。これらのことから、中枢神経レベルでは、腹膜播種に伴う痛みに対してケモカインシグナルは関与してない可能性が考えられる。しかしながら、腸間膜ならびに腸管に浸潤した腫瘍の凍結切片では、腸管神経が腫瘍内に遊走している画像が捉えられたことから、ケモカインシグナルは、中枢ではなく、がんによる末梢神経損傷に直接的に関与している可能性が考えられる。そこで 24年度は、腹膜播種モデルマウスの腹腔内に局在する末梢神経におけるケモカインシグナルについて解析を進める。また、腹膜播種病態下における中枢神経の MOR の機能低下のメカニズムを明らかにし、モルヒネが効きにくい痛みとなる環境の成因を抑制できる疼痛緩和薬の探索もあわせて行う。
本研究の特色は、臨床像に類似した胃癌の腹膜播種モデルを作製し、それを用いてモルヒネ抵抗性のメカニズムを解明したこと、ならびに腹膜播種による神経障害時の病態を直接的に証明したことである。腹膜播種疼痛モデルは世界で初めて申請者により樹立されたものである。モデルそのものの構築、ならびにその病態解析には少なからぬ費用を計上することとなったが、本研究費をタイムリーに得ることができたことは申請者にとって大変意義深いありがたいものであった。 次年度は、がん性腹水ならびに末梢神経組織を用いたケモカインアレイや、免疫不全動物を用いたサンプル作製、その他免疫組織染色などに使用する特異的抗体の購入に研究費を充てる予定である。
すべて 2012 2011
すべて 雑誌論文 (6件) (うち査読あり 5件) 学会発表 (11件) 産業財産権 (1件)
Anesthesiology
巻: in press ページ: in press
Synapse
22460823
Current Pharmacological Design
Mol Neurodegener
巻: 6 ページ: 78-95
22093090
Pain
巻: 152 ページ: 1358-1372
21396773
Anesthesia 21 Century
巻: 13 ページ: 57-61