研究課題
特発性/遺伝性肺動脈性肺高血圧(IPAH/HPAH)は、肺高血圧症をきたす予後不良の難病である。治療法も進歩しつつあるが、いまだに根治は望めず、薬剤不応例では病状は急速に進行する。近年BMPR2などの遺伝子変異が同定されつつあるが、いまだに病態の完全な解明には至っていない。その原因としては、適切な病態再現モデルの不足が考えられる。現在は肺高血圧モデル動物を用いた研究が中心であるが、実際の病態を解明するためには、患者由来の培養細胞を用いて研究することが必須である。患者由来の血管内皮細胞を初代培養にて得る事は非常に困難であり、疾患特異的iPS細胞から血管内皮細胞を分化誘導させることで大量の細胞を得ることが非常に有用であることが分かる。当研究では、遺伝子変異を有する重症肺高血圧患者から疾患特異的iPS細胞を樹立し血管内皮細胞に分化誘導することで、PAHの病態を解明し新規治療法開発に結びつけることのできる新たな疾患モデルの作成を目的とする。 実際の研究方法としては、IPAH/HPAH患者より疾患特異的iPS細胞を樹立し、血管内皮細胞へ分化誘導させて解析する。具体的には、まずBMPR2遺伝子変異を有する重症肺高血圧症患者より末梢血を採血し、T細胞を増殖させる。増殖させたT細胞にセンダイウィルスを用いて山中4因子を感染させることでiPS細胞を樹立する。次にiPS細胞をOP9細胞と共培養する系を用いて血管内皮細胞へ分化誘導させる。このように得られた血管内皮細胞の解析を行う。解析は、低酸素状態での培養、酸化ストレスの暴露などのストレスに対して、血管内皮細胞のアポトーシスが増強されるか、または異常増殖を生じるかを検討する。最終的には、シグナル経路を同定し、新規治療法開発に結びつけることを目標とする。
3: やや遅れている
現在までに、ALK1変異を有する肺高血圧患者より採血によりT細胞を採取し、末梢血T細胞からiPS細胞を樹立することに成功した。樹立したiPS細胞から血管内皮細胞への分化誘導を行い、免疫染色にてCD31陽性、VEcadherin陽性の血管内皮細胞が得られていることが確認できた。疾患特異的iPS細胞実験においては、実験結果を安定的に得られる再現性を有することが大切である。しかしながら、現時点でiPS細胞から血管内皮細胞への分化誘導効率に関しての効率が悪く、実際樹立したすべてのラインから大量の血管内皮細胞を得ることが困難である。そのため、大量のiPS細胞を樹立、ピックアップを行い、分化誘導および継続維持培養が容易であるラインを選別する必要がある。また維持培養を継続していく中で未分化維持が困難となり脱落する例や、分化誘導効率が低下し十分な細胞数を得られない状況が出現する。 結果として、安定して使用可能である細胞ラインが限られてくることにより、安定した再現性のある実験を行うことが難しくなること一つの大きな問題点である。また分化誘導方法に焦点を当てると、現在用いている方法はOP9との共培養を必要とする方法であり、手技として煩雑であるため結局大量の血管内皮細胞を得ることが難しい点があげられる。薬剤やストレスを加える実験において、条件検討は必須であり、そのためには大量の細胞を得る必要がある。 安定した結果を求めるために、安定した培養法、安定した分化誘導法をさらに追及していくことが必須であると考えられる。
今後の研究を推進していくうえでまず必要となることは、安定した培養方法の技術確立である。また実験により適した細胞ラインを得るためには、iPS細胞を最初に樹立した段階で多くのラインをピックアップする必要がある。多くのラインをピックアップすることで、結果として質の良いラインを多く得ることができると考えられる。現在T細胞の状態でのストックもあり、より質の良いiPS細胞樹立を再度試みる必要があると考えられる。また、分化誘導方法に関しても再検討が必要である。現在上述の通りOP9細胞との共培養を用いる方法を採用しているが、今後より安定して多くの血管内皮細胞を得るためにフィーダーフリーなどの方法を検討する必要がある。最近の報告でフィーダーフリーの方法で血管内皮細胞を得ることができたという論文もあり、さらに検討が必要である。血管内皮細胞が得られた後は、まず遺伝子変異が血管内皮細胞に存在しているかどうか蛋白レベルでの確認のためウェスタンブロットを行う必要がある。また酸化ストレスなどのストレスを加える実験を行う際、ストレスを加える前の状態での様々な評価、ストレスを加えた後での評価をさらに進めていく必要がある。疾患iPSでの表現型の検討、シグナル経路の検、そして新規治療法開発につながるような物質の同定につなげるため、さらに実験を進めていく必要がある。
昨年度の、支給額に対して実支出額が下回っていた。これは特に成果発表のための国内外への旅費、あるいは論文等にかかわる諸経費の出費がなかったことが大きい。対外的な発信も大事であると考えられるため、今年度また成果発表の機会に恵まれれば発表を通じて研究内容を広めていきたいと考えている。 次年度の県kyうう日の使用計画であるが、iPS細胞研究を進めていくうえで、実験器具、試薬などの研究費は必須である。上述の通り、大量の細胞ラインを維持培養することが実験を更に進めていくうえで必須である。iPS細胞の維持培養にはKSRなどの高価な試薬も必要としており、また培養dishなどの実験器具も大量に必要となってくる。そのための費用として研究費を使用したい。また血管内皮細胞への分化誘導を行うことに関しても、サイトカインなどの高価な試薬が必須となってくる。そのためにも研究費の使用を検討している。実際の実験系では、抗体を使用したFACS解析、免疫染色も必須であり、抗体などの購入にも研究を使用したい。また得られた結果を国内、海外での学会発表を行うための旅費などにも使用を検討している。また最終的には論文発表を目指しており、良い結果が得られたのちには論文発表のための経費としても使用したいと考えている。
すべて 2012
すべて 雑誌論文 (1件) (うち査読あり 1件)
J Mol Cell Cardiol
巻: 52 ページ: 650-9