研究課題
本研究はヒト近位尿細管に特異的なアンジオテンシンII(AII)の作用機序,特にNO/cGMP経路の関与の詳細を解明するために立案された。AIIはラット・ウサギ・マウスの近位尿細管(PT)輸送に対し二相性作用(低濃度で刺激,高濃度で抑制)を示すが,ヒトPT輸送を濃度依存性に一相性に亢進させる。ヒトPTに特有のAII作用機序を明らかにするために,本年度は腎癌摘出術から得られた正常ヒト腎皮質及びマウスにおいて,単離潅流PTの細胞内pH測定実験,及びWestern blotによるキナーゼアッセイを行った。ヒトでは10-6M AIIのNBCe1活性亢進作用(+103%)はNOS阻害剤(L-NAME),可溶性グアニリルシクラーゼ(sGC)阻害剤(ODQ)により完全に阻害された。一方,マウスでは10-6M AIIが抑制作用(-41%)を示すがL-NAME, ODQにより亢進作用(+20~+40%)へと転じた。またNOドナー(SNP)および8Br-cGMPはヒトではNBCe1活性を亢進させたが(+40~+80%),マウスではNBCe1活性を逆に抑制した(-20~-40%)。更にSNPおよび8Br-cGMPはヒト腎皮質ではcGKII活性化を伴わずERKを活性化させたが,マウス腎皮質では逆にcGKIIを活性化したがERKを活性化しなかった。Western blotにおいて,ERKはマウスでは10-10MのAIIのみによりリン酸化されたが,ヒトでは10-10Mから10-6MのAII全てでリン酸化された。一方GSK3βはマウスではAII全ての濃度でリン酸化されたのに対し,ヒトではいずれもリン酸化されなかった。以上より,AII作用におけるNO/sGC/cGMP経路はマウスではcGKIIを介して抑制的に働くのに対し,ヒトではERK経路を介して亢進的に働くことが初めて明らかになった。
2: おおむね順調に進展している
当初の計画において,H23年度は(1)AngII尿細管作用におけるNOS/NO/cGMP/cGKの意義,(2)cGKを介したNa輸送体調節機構の解析,(3)AngIIのヒト近位尿細管重炭酸再吸収に対する作用の検討を予定していた。また,H24年度はこれらを継続するとともに(4)AngIIのマウス近位尿細管重炭酸再吸収に対する作用の検討,(5)腎内AngII産生経路の解析,(6)AngIIによる尿細管Na輸送体細胞内局在変化の検討も行う予定であった。このうち,(1)(3)については上述の実績概要のように既に結果が出ている。(4)についても一部解析を開始しており,cGKII欠損マウスにおいて同様の解析をおこなっているところである。(2)については現在計画通り各種培養細胞にsiRNAを使用した発現抑制解析を行っており,順調に進行しているところである。このように,現在のところ一部順序の変更などはあるものの,概ね計画通り進行しているといえる。
今後においては,当初の計画通り研究を実施することを主眼とする。具体的には,(1)(3)と関連し,(4)のcGKIIノックアウトマウスにおける解析を遂行し,他のノックアウトマウス(AT1欠損マウス,cPLA2欠損マウス)での解析も行い,NOS/NO/cGMP経路とAT1受容体、cPLA2/P450/5,6-EET経路の関係を明らかにする。また,(2)においては各種培養細胞にAT1受容体,NBCe1受容体を安定発現させ,cGKIIの発現をsiRNAにより抑制することにより,近位尿細管でのAT1受容体がcGKIIによってどのように影響を受けるか検討する。この際にAT1受容体安定細胞株がうまく得られない場合には、AT1受容体を組み込むベクターを代えて対処する。(5)(6)においては,ヒト特異的なAngII尿細管作用の生理的意義を明らかにするために既報のRIA法を用いてヒト腎内AngII濃度を測定し、年齢・性別・高血圧の有無およびARBを含む降圧剤試用の有無、CKD・糖尿病の有無などと腎内AngII濃度の相関を明らかにする。また外因性のアンジオテンシノーゲンやAng Iの添加、さらには直接レニン阻害剤などを用いて腎内におけるAngII産生機構の詳細を検討する。またAngIIの尿細管Na輸送体細胞内局在に対する作用を明らかにするために免疫組織化学的検討を行う。具体的には腎癌摘出術から得られた正常腎皮質スライスにAngIIを一定時間添加し、特異的抗体を用いて共焦点レーザー顕微鏡による観察を行う。これらはいずれも,対照として野生型ないし高血圧自然発症ラット(SHR)等を用いて比較検討を行う。
本研究を遂行するためには,まず比較検討のための各種実験動物(マウス,ラット)及びその各種ノックアウト及び変異型を必要とする。また,生理実験のために各種試薬(蛍光色素BCECF,各種阻害剤,アナログなど)を必要とする。発現抑制実験においては,各種細胞及びその培養に必要な培地や血清,AT1受容体などの発現のためのベクター,遺伝子工学試薬,また発現抑制のためのsiRNAや各種阻害剤等を要する。キナーゼアッセイを行うためには,各種のアナログや阻害剤,リン酸化のtriggerとなる試薬,またwestern blotのための物品を要する。組織や細胞の免疫組織学的検討のためには,各種抗体他同様の阻害剤やアナログ等が必要となる。
すべて 2011
すべて 雑誌論文 (3件) (うち査読あり 3件) 学会発表 (4件)
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