研究概要 |
2006年, 転写因子Tcf7l2は2型糖尿病感受性遺伝子の1つとして同定され,その結果は日本人においても追試されている.しかしながら,2型糖尿病の発症機序がTcf7l2の機能亢進によるものなのか,機能低下によるものなのかは,未だ議論があり明確な結論に達していない.そこで本研究では,Tcf7l2が膵β細胞で担う役割をin vivoで明らかにすることを目的として,Tcf7l2の機能を膵β細胞で低下させたモデル動物を作成し,その表現型を解析した.具体的には,Tcf7l2のdominant negative型変異 (DN-Tcf)をRIPプロモーター(Rat Insulin Promoter)の下流につなぐコンストラクトを構築しトランスジェニックマウス(RIP-DNTcf-Tg;以下Tgと略記)を作成した.膵島におけるDN-Tcfの発現量が内因性のTcf7l2の発現量の10倍以上あることが確認できた独立した3ラインを選抜・検討した.3ラインにおいてTg群は野生型(Wt)群と比較して体重は同程度であったが,随時血糖値は高値を示した.またインスリン感受性は同程度であったが,経口糖負荷試験ならびに腹腔内糖負荷試験を行うと, Tg群はWt群と比較してインスリン分泌低下を伴う耐糖能異常を呈した.膵β細胞に対するインクレチン作用を評価するために腹腔内糖負荷試験時にGLP-1受容体作動薬であるexendin-4を投与すると,Wt群と同様にTg群においてもインスリン分泌増加を伴う耐糖能改善効果を認めた.さらに,Tg群は膵組織像での膵β細胞面積の減少と膵臓インスリン含量の減少を呈した.以上から,in vivoで膵β細胞におけるTcf7l2は膵β細胞量の制御を通じて,個体としてのインスリン分泌能に重要な役割を果たしている可能性が示唆された.
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
今年度は,独立した3ラインの遺伝子改変マウスの表現型の解析により,成体において,in vivoで膵β細胞におけるTcf7l2は膵β細胞量の制御を通じて,個体としてのインスリン分泌能に重要な役割を果たしていることを明らかにした.さらに,その分子メカニズムを明らかにすべく,遺伝子改変マウスの単離膵島を用いた遺伝子発現解析により,インスリン遺伝子に加えて,インスリンの転写や膵β細胞の成熟に重要なある遺伝子Aの発現が低下していることを見出した.これに一致して,出生直後のマウスでも成体と同様に膵組織像での膵β細胞面積と膵臓インスリン含量が減少していることを見出した.これらの知見は,Tcf7l2が転写因子として膵β細胞の発生・分化・成熟においても重要な役割を果たしている可能性を示唆するものであり,当初の計画以上に有意義な研究成果が得られている.
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