糖尿病は世界規模の医学的・経済的問題であり、膵β細胞の供給源と補充療法の開発は急務である。本研究の目的は、膵β細胞の分化・機能発揮の要所を担う転写因子PDX1に着目し、ヒト人工多能性幹細胞(iPS細胞)由来のPDX1陽性細胞を単離・純化して膵β細胞へと分化させ、機能を評価することである。 (1)PDX1陽性細胞を生存させたまま単離する方法の確立 ゲノム中のPDX1遺伝子の後部にIRES配列とtdTomato遺伝子をノックインすることで、PDX1遺伝子発現と相関して赤色蛍光を発する細胞株の樹立を試みた。ノックイン細胞株を得ることはできなかったが、tdTomatoの発現がPDX1発現制御機構下にあるトランスジェニック細胞株を得た。このうち3株はPDX1の発現と相関して赤色蛍光を発し、フローサイトメーターにて単離することが可能であった。現在、これらの細胞株を用いて、単離したPDX1陽性細胞の分化能をin vitroおよびin vivoで評価中である。 (2)In vitroで作製した膵β細胞の機能試験 誘導効率の高いPDX1陽性細胞の集団を(75-95%)既知の方法にてin vitroで膵β細胞へと分化させた後(5-10%)、機能を評価した。作製した膵β細胞は成熟した膵β細胞の指標であるグルコース応答能はなく、免疫不全マウスの精巣上体周囲脂肪へ移植しても生着しなかった。これらのことから、現在のin vitroで作製した膵β細胞は未熟かつ移植に適さないものであると考えらえる。一方、PDX1陽性細胞を移植したところ30日後も移植細胞が生存したことから、生体内での生存には膵β細胞へと分化する前の細胞が適すると考えられる。生体内に移植可能で、成熟した機能を発揮する膵β細胞の作製には、膵臓系譜へと分化指向性を確定しているが最終分化していない前駆細胞を効率良く作製することが、今後の課題である。
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