本研究の当初目的は「側坐核内の細胞外ドパミン濃度(=ドパミントーン)が背側線条体依存性の意思決定のモードを制御する」という仮説を提案し,ラットの側坐核特異的にドパミントーンをin vivo操作してこの仮説を検証することであった。しかし最近,ドパミン依存性の側坐核機能における大きな個体差が報告され,遺伝的多様性を保持するoutbredの実験動物に一律にドパミントーン操作を加えることの妥当性に疑問が付された。そこで以下のように目的を修正した:側坐核ドパミントーン依存性の意欲や柔軟な意思決定を反映する行動指標を確立し,将来的にドパミントーンの上昇あるいは下降操作を施すべき個体群を特定する。 人工甘味料を報酬としたProgressive ratioスケジュールのレバー押しをラットに訓練し,反応率の高い群(=高意欲,H)と低い群(L)の混在を確認した。さらに,この2群間には急性ストレス直後の血清コルチコステロン濃度の上昇率(H < L)と慢性ストレス負荷後の平常時コルチコステロン濃度(H > L)において有意差を認めた。側坐核を含む中脳辺縁ドパミン系がストレス感受性の投射回路であることから,この2群は側坐核ドパミントーンの高低を反映すると考えられた。また,H群は訓練を繰り返したときに一貫して反応率が高い個体(HH群)と,徐々に反応率を減少させる個体(HL群)に分けられた。HL群は費用便益比に応じて行動を変容させた(=意思決定が柔軟)と考えられ,この2群は前頭前野から側坐核へのグルタミン酸投射系の機能的差異を反映すると考えられた。 本研究の成果は,側坐核特異的にドパミン(あるいはグルタミン酸)トーンを操作する実験系において,これら3群を分離した上で実験操作の影響を評価することの重要性を指摘したのみならず,ストレス関連性の精神疾患の前臨床研究におけるこの3群分離法の有用性を示唆した。
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