研究課題/領域番号 |
23791349
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研究機関 | 奈良県立医科大学 |
研究代表者 |
鳥塚 通弘 奈良県立医科大学, 医学部, 助教 (20588529)
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研究期間 (年度) |
2011-04-28 – 2013-03-31
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キーワード | 統合失調症 / iPS細胞 / 抗精神病薬 / 細胞生物学 |
研究概要 |
統合失調症は人口の約1%を占める主要な精神疾患であるにも関わらず、未だ病態生理の解明に至っていない。それ故に未だ根治術は無く、患者やその家族のみならず社会にとっても大きな損失となっている。病態が解明されない理由として、精神疾患は原因が脳にあるため生検が行えず、細胞生物学的な解析が不可能であることが挙げられる。しかし、山中研究室から報告されたiPS細胞の技術を用いることで患者由来の中枢神経系細胞を作成することが原理的に可能となり、この問題を解決する可能性が示された。iPS細胞から誘導した中枢神経系細胞を培養系精神疾患モデルとして用い、統合失調症の発症に至る生化学的・細胞生物学的基盤を解明し、また誘導した神経系細胞を用いた抗精神病薬の評価系を確立することが本研究の目的である。本研究は、奈良県立医科大学精神科に通院、入院中の統合失調症患者で本研究に同意能力があり同意を得た患者、および本研究の趣旨に賛同する健常対照者からサンプルを得て行っている。これまでのところ、11名の統合失調症患者および12名の健常対照者から同意を得た。同意を得た全例の上腕内側部から皮膚生検を行い、得られた皮膚から線維芽細胞を培養し、保存した。このうち4サンプルの線維芽細胞に、山中研究室から報告のあるレンチ・レトロウイルスベクターを用いた方法でiPS細胞樹立を行った。樹立したiPS細胞株から、神経幹細胞(ニューロスフェア)の分化誘導を行った。後述するように、一部のサンプルでは神経まで分化誘導が可能であったが、他のサンプルでは神経細胞への分化誘導が進まなかった。現在、iPS細胞の樹立方法を再検討し研究を進めている。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
4: 遅れている
理由
iPS細胞の樹立に関して、山中研究室からの初報にあるレンチ・レトロウイルスベクターを用いる方法にて樹立したが、その後の分化誘導が一部のサンプルでしか予定通りに進まなかった。この原因の一つに、同方法を用いて作成したiPS細胞のゲノムにはウイルスベクター由来の外来遺伝子が挿入されてしまうことが挙げられる。iPS細胞に初期化された段階で、ウイルスベクター由来の外来遺伝子は発現が抑制される構造になっているが、神経細胞への分化を誘導していく段階で、再度外来遺伝子の発現が上昇している可能性が示唆される。外来遺伝子は、ES細胞様の未分化状態を保つのに必要な転写因子であるため、発現が上昇すると細胞を分化に向かわせるには不都合である。分化誘導の段階でも外来遺伝子が抑制されたままであるiPS細胞株は少ないながらも得られるはずであるが、大量の株を維持し選別する必要がある。今回は運悪くうまくいかない株が多くとれてしまったと思われる。最近になってエピソーマルプラスミドベクターを用いた樹立方法が確立され、利用可能となった。これにより、外来遺伝子が細胞本来のゲノムに挿入されにくい方法でiPS細胞を樹立可能となったため、方法を切り替えて再試行しており、このため研究の進展が遅れている。
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今後の研究の推進方策 |
上述の通り、エピソーマルプラスミドベクターを用いた樹立方法にて、線維芽細胞からiPS細胞の再樹立を行う。既に開始している。樹立したiPS細胞株から、神経幹細胞(ニューロスフェア)を作成し、そこから神経細胞・グリア細胞を分化誘導する。これら分化誘導実験系を安定して確立させる。分化誘導した神経細胞・グリア細胞の組織学的な相違を患者及び健常者で比較する。また、それらの結果を死後脳解析による既報と比較検討する。分化解析は、ウエスタンブロット法、リアルタイムRT-PCR及び免疫染色にて行う。分化誘導した神経細胞・グリア細胞からmRNAを抽出し、マイクロアレイによって遺伝子発現の違いを調べる。差異の認められた遺伝子についてその機能から推測される細胞生物学的な違いを比較検討する。また、細胞の遊走能や酸化ストレスに対する抵抗性等をタイムラプス顕微鏡、グルタチオンアッセイ等で解析し健常者及び患者で比較する。抗精神病薬が神経細胞・グリア細胞の増殖、分化、細胞死等に与える影響を検討する。細胞増殖解析としてWST-8解析、 BrdU incorporation assay、分化・細胞死解析は、ウエスタンブロット法及び免疫染色にて行う。これらの結果から、検体の臨床所見もふまえて、有効な抗精神病薬のスクリーニングを行うための指標を定める。
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次年度の研究費の使用計画 |
ヒトiPS細胞はES細胞と同じくその性質上、維持培養のため毎日の培地交換を必要とし、また、同細胞用の培地はヒトES細胞用の培地と同じものを用いるため、非常に高価である。分化誘導に関わる試薬等も高価なものが多く、消耗品にかかるコストは大きい。また様々な条件下の細胞からマイクロアレイによる遺伝子発現解析を行うため、同解析にかかる費用も必要である。これらから、次年度の研究費は主に消耗品費にあてる。一部は学会にて情報収集、発表を行うための旅費に充てる予定である。
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