癌の治療効果を向上させるためには、転移を抑制することが極めて重要な課題である。初年度は、31種の癌細胞株を用い、X線又は炭素線照射後に浸潤能が変化する細胞株を調べた。炭素線照射はX線照射に比べ、大多数の癌細胞株の浸潤能の抑制に効果的である事が示された。しかし、まれにPANC-1やSF126のように浸潤能が2倍以上上昇する細胞株が存在することが明らかとなった。H24年度は、PANC-1の炭素線誘導浸潤能の抑制に有効な阻害剤を285種類の分子標的阻害剤から探索し、一酸化窒素合成酵素 (NOS) 阻害剤及びPI3K阻害剤が有効である事を見いだした。そこでH25年度は、細胞浸潤におけるNOの役割を調べた。PANC-1をNO産生細胞検出試薬で染色したところ、全細胞中のNO産生細胞の割合はわずか4%であったのに対し、浸潤した細胞では約9割がNO産生細胞であることが明らかとなった。このことから、NOを産生する細胞群はPANC-1の浸潤において重要な役割を担っている事が示唆された。また、全細胞中のNO産生細胞の数は、炭素線照射により約4倍に増加する事、これに対し、炭素線照射後に浸潤する細胞数も約3.5倍に増加し、その浸潤細胞の約9割はNO産生細胞であった事から、炭素線照射後のNO産生細胞数の増加が照射後の浸潤細胞数の増加と関連している事が示唆された。さらに、炭素線照射後に浸潤能が上昇するPANC-1 とSF126では、照射後に培地中のNO2-量が上昇すること、一方で、浸潤能が減少するMIAPaCa-2ではNO2-量は減少する事も確認された。本研究により、炭素線照射後の浸潤能の抑制にはNO阻害剤が有効であること、また、NOは複数の細胞株の照射後浸潤能変化に重要である可能性が示唆された。
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