本研究では、幹細胞形質の再獲得と深い関係にあると考えられる肝発癌過程の分子機構の解明を目的とし、我々の先行研究で肝幹細胞の自己複製に必須であることが明らかとなったポリコーム群タンパク質Bmi1/Ring1B の下流制御遺伝子群の同定を試みた。 はじめに、肝幹/前駆細胞においてRing1Bにより発現抑制を受けている遺伝子群を特定するため、Ring1Bコンディショナルノックアウトマウスを用い、肝幹/前駆細胞が高頻度に存在している肝臓器官形成初期 (胎生10.5日目) からRing1Bの欠損を誘導し、マイクロアレイを用いた遺伝子発現解析を行った。その結果、Ring1B欠損時に2倍以上の発現増加を示す遺伝子群を抽出した。さらに、ChIP解析を行い、抽出された遺伝子のうち、プロモーター領域でRing1Bが集積している遺伝子を絞り込んだ。抽出された340個の遺伝子の中には、Cdkn2aを含む複数の細胞増殖制御遺伝子が含まれていた。Cdkn2aが肝幹/前駆細胞においてRing1Bの下流遺伝子として機能するか否かを検討するため、Ring1BとCdkn2aの二重欠損マウスを作製し、肝臓器官形成に及ぼす影響を検討したが、二重欠損マウスにおける肝臓器官形成のレスキューは限定的であることが明らかとなった。 従来、組織幹細胞の増殖制御に関わるポリコーム群タンパク質の主な下流標的は、Cdkn2aとされていたが、本研究より、肝幹/前駆細胞においてはCdkn2a以外の分子が重要な役割を持つものと考えられた。今後、Cdkn2a以外のRing1B下流標的分子を特定することにより、ポリコーム群タンパク質を介した肝発癌過程の全貌解明が期待される。
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