研究課題
ヒトゲノム上に存在するHOX遺伝子ファミリーの一つである転写因子HOXB9は、乳癌の約40%に高発現を認め、その発現量は核異型度と相関し、TGFβ経路を活性化することでEpitherial-Mesenchymal Transition(EMT;上皮間質移行)を誘導する。これにより細胞の遊走能・運動能を亢進すると同時に、組織微小環境において血管新生を亢進することを我々は示し報告した。これに続いて、当該年度の研究の成果から、HOXB9の発現がATM経路に影響を及ぼし、γH2AXや53BP1の発現調節を行うことで、放射線によるDNA損傷からの効率的な修復と細胞周期の早期回復において重要な役割を担っていることが示唆されている。乳癌の放射線耐性獲得メカニズムに関する報告は散見されるが、臨床応用に至っているものは非常に少ない。特に乳癌の予後因子として既に我々が報告を行ったHOXB9とこれによるTGFβ経路の活性化、DNA修復に働くATM経路らの関連性に着目し、放射線耐性のメカニズム解明を意図した研究は未だかつて無い。EMT誘導を行うHOXB9と放射線耐性のメカニズムの解明により、治療困難な転移性乳癌に対する、新たな治療戦略が確立されることが期待されると同時に、これら一連の研究成果から、HOXB9が乳癌における個別化治療のマーカーとなり、温存乳房再発予防や転移性乳癌の予後改善のために、最終的に臨床へ応用していくことを目指す。
1: 当初の計画以上に進展している
我々はまずin-vitroにおけるHOXB9の放射線照射耐性に対するメカニズムの検証を行うため、正常乳腺上皮細胞MCF10AおよびHMECにレンチウイルスを用いてHOXB9の導入を行い、EMTを誘導することで放射線感受性が低下することを確認した。その際のγH2AXと53BP1の両因子の発現量の変化を免疫蛍光染色にて計測したところ、HOXB9導入細胞では放射線照射する前に、既にそれらの発現量が高く、照射後早期(10分)にさらなる発現亢進と両因子によるfociの形成が認められ、EMT誘導された細胞ではDNA修復機構が速やかに働くことが示された。これらのDNA修復機構の亢進には、ATMの活性化が必須であることを、そのfociの形成とリン酸化の検討から示し、さらにATM阻害剤やDNA-PKc阻害剤を添加することで、これらHOXB9によるEMT誘導によって生じる放射線耐性獲得が阻害されることを示すことが可能であった。HOXB9発現によりATM経路が活性化されることは示唆されたが、更なる詳細なメカニズムの解明のため、ATM経路における他の因子であるMDC1, BRCA1の放射線照射による経時的変化の検討を行ったが、MDC1においてpATMと同様に放射線照射後早期のfoci形成が認められ、放射線耐性に関与していることが示唆された。さらに、これら放射線耐性メカニズムを解明すべく、HOXB9によって活性化されるTGFβ経路がpATM・MDC1等の活性化に影響を与えることを示すため、smad4のノックダウン細胞を既に構築し、これを用いて次年度に解析する体制を整えることが可能であった。
本年度はin vivoにおけるHOXB9の放射線照射耐性獲得を確認することを目標とする。乳腺上皮細胞MCF10Aだけでは免疫不全マウスに腫瘍を形成させることは困難なため、あらかじめActivated H-ras/V12を導入しさらにそこへHOXB9を導入した細胞を準備した。それによりHOXB9/H-ras MCF10Aマウスは、コントロールであるLacZ/H-ras MCF10Aマウスと比較して経時的な腫瘍径、肺・肝転移ともに増大するが、このモデルに放射線を照射して、経時的に腫瘍を摘出し、γH2AXやpATMの発現量を比較検討する。さらに、外科手術によって切除された臨床乳癌検体からRNAを抽出し、得られたRNAからリアルタイムPCR法を用いてHOXB9の発現量とγH2AXや53BP1とを比較検討する。当科では、乳癌生検及び切除検体を、癌部・非癌部ともにOCTコンパウンドに凍結保存し、これを直ちにLaser Capture Micro-Dissectionを行ってRNA抽出を施行し、cDNAライブラリーの構築を行っている。このライブラリーは臨床病理学的因子を記載したデータベースと匿名連結化し、一括管理されているため、上記の発現検討を即座に臨床情報と比較検討することが可能である。また上記データベースを用いて、臨床検体141例について、HOXB9の発現検討を既に施行済みであり、これらデータを本研究課題に用いることが可能である。上述のin vivoと臨床検体での結果により、HOXB9による放射線耐性メカニズムを解明し、今後はHOXB9を放射線感受性のバイオマーカーとして臨床応用を目指すと共に、TGFβ阻害剤などを利用して放射線感受性を上昇させ、残存乳房再発の予防や乳癌全体の予後改善のためHOXB9発現を定量していくことを検討する。
本研究費は主として消耗品費と国内・外国旅費、謝金、印刷代、研究成果投稿料、会議費などに利用される予定であり、設備備品費を申請する予定はない。当研究室及び、医学部中央機器室には、別記のごとく本研究に必要な研究設備は全て整っており、新規の設備投資は必要とせず、また高額な外注実験等に研究経費を使用する予定はない。従って、直接研究及び機器操作に関わる実費・謝金等上記活動に関わる経費のみを支出する予定である。
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Proc Natl Acad Sci U S A
巻: 109 ページ: 2760-2765
10.1073