本研究の主目的は,神経筋伝達能が変化した敗血症モデルに対して,麻酔薬が及ぼす影響を検討することであった.近年,麻酔科領域で使用可能となった新しい神経筋遮断薬拮抗薬であるスガマデクスの作用性に関して収縮生理学的検討を行った.この検討は,ラットの盲腸を結紮・穿孔させ敗血症を誘導したSepsis群と,Sham開腹術のみを行ったSham群から横隔神経付きの横隔膜を剖出し,クレブス液を満たしたチャンバー内で横隔神経刺激による収縮力をコンピューター解析することで行った.この際,一定の筋弛緩状態を得たのちにスガマデクスを加算投与し,スガマデクスの用量ー収縮力曲線を求めてSepsis群とSham群の反応性の違いを検討した.その結果,Sepsis群においてスガマデクスの反応性が減弱していることが明らかとなった.また,その程度を詳細に検討した結果,スガマデクスが筋弛緩薬の一種であるロクロニウムと包接して拮抗作用を示す動態に変化はなく,一定の筋弛緩を得るためのロクロニウムの必要量がSepsis群で増加していることが主要因であることが判明した.このことは,敗血症において,一般的な筋弛緩モニター下で筋力の低下の状況に合わせてスガマデクスを投与した際に,スガマデクスの投与量が過少投与となり,リバウンド減少を生じさせる危険性があることを示唆する.これを防ぐためには,本研究結果から,筋弛緩モニターのみでなく,実際の筋弛緩薬の投与量を考慮することが重要と結論付けることができる.また,電気生理学的検討でスガマデクス投与による終板電位の回復過程がSepsis群で減弱していることが明らかとなった.このことは敗血症におけるスガマデクスの神経筋遮断拮抗作用の変化が,神経終末より放出されたアセチルコリンにより形成される終板電位の回復過程に影響が生じていることを示すものであり,これが前述した現象の電気生理学的な機序と考えられる.
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