研究課題
本邦での卵巣癌における明細胞腺癌の発生頻度は24.8%であり、30年間で約5倍に増加している。卵巣明細胞腺癌は白金製剤を主体とする現在の化学療法に抵抗性で、極めて予後不良である。しかしその分子生物学的特徴はほとんど解明されておらず、今後、治療成績を向上させるためには、卵巣明細胞腺癌の分子生物学的特徴を解明し、その特徴にターゲットを絞った創薬が必要と考えられる。卵巣明細胞腺癌における新規癌抑制遺伝子ARID1Aに焦点を絞り、遺伝子増幅の頻度、臨床病理学的因子との関連、予後、抗癌剤感受性について検討中である。 (1)ARID1Aの遺伝子変異とタンパク発現の検討:ARID1Aの遺伝子変異は卵巣明細胞腺癌において高頻度(57%)に認められる。今回の検討でARID1Aのタンパク質発現の消失は15%(9/60)に認められた。漿液性腺癌では100%(17/17)で発現陽性であり、明細胞腺癌において有意に発現消失率は高かった(P<0.01)。 (2)ARID1Aの発現と臨床病理学的因子との関連:ARID1Aの発現消失は臨床進行期III期IV期卵巣癌症例、高CA125値と有意に正の相関を認めた。 (3)ARID1Aの発現と予後:ARID1Aの発現消失は無増悪生存率の低下と有意に相関していたが、全生存率との有意な相関はみられなかった。多変量解析の結果、無増悪生存率に関してはARID1Aの発現消失は独立予後因子であった。 (4)ARID1Aの発現と抗癌剤感受性:60例中14例に術後の評価可能病変が存在し、ARID1Aの発現消失率はResponderで0%(0/6)、Non Responderは50%(4/8)で有意に化学療法抵抗性と相関した(P=0.04)。
2: おおむね順調に進展している
卵巣明細胞腺癌症例におけるARID1Aの遺伝子変異の頻度、臨床病理学的因子との関連、予後、抗癌剤感受性について検討したところ、ARID1Aの発現消失は無増悪生存率の低下と有意に相関し、多変量解析の結果、無増悪生存率に関しては独立予後因子であった。癌抑制遺伝子ARID1Aは漿液性卵巣癌の発癌には関与しておらず、明細胞腺癌に特有であることが再確認されたため、ARID1Aの発現消失は卵巣明細胞腺癌の早期再発、抗癌剤耐性に関連し、有力なバイオマーカーとなり得ると考えられた。 今後は創薬に向けてARID1Aの機能解析を行うが、その中でARID1Aの制御する下流遺伝子群の網羅的解析にとりかかった。
卵巣明細胞腺癌における新規癌抑制遺伝子ARID1Aの機能解析および、その臨床応用へと展開していくため、本研究では以下の研究項目を予定している。1. ARID1A遺伝子導入における抗癌剤感受性の検討2. ARID1A遺伝子ノックアウトにおける抗癌剤感受性の検討3. ARID1Aの制御する遺伝子群、パスウェイの解析
昨年度は予定以上に順調に解析が進み、残額が生じた。今年度は以下に示す遺伝子導入を必要とする研究を主に進める予定である。遺伝子クローニング等にかかる分子生物学的消耗品に研究費を使用する予定である。また遺伝子の網羅的解析にも残りの研究費を使用する予定である。卵巣明細胞腺癌におけるARID1Aの機能解析1. ARID1A遺伝子導入における抗癌剤感受性の検討:ARID1Aが遺伝子変異している卵巣明細胞腺癌細胞株にWild typeのARID1Aをレンチウイルスを用いて遺伝子導入し、安定遺伝子導入細胞を樹立する。その後、コントロールベクター導入細胞と比較し、抗癌剤に対する感受性が上昇するか検討する。2. ARID1A遺伝子ノックアウトにおける抗癌剤感受性の検討:逆にARID1AがWild typeの卵巣明細胞腺癌細胞株においてAdeno-associated virus vector(AAV)を用いてホモロガスリコンビネーションを生じさせ、ARID1Aの遺伝子ノックアウト細胞を樹立する。コントロールのAAV導入細胞と比較し、抗癌剤感受性(抗癌剤耐性誘導)が変化するか検討する。siRNA、shRNAで遺伝子ノックダウンした場合はARID1Aの完全な機能喪失には至らないため、本研究では遺伝子ノックアウト法を用いることにした。3. ARID1Aの制御する遺伝子群、パスウェイの解析:上述したARID1Aが遺伝子変異している卵巣明細胞腺癌細胞株におけるWild typeのARID1Aの遺伝子導入細胞あるいは、Wild typeの卵巣明細胞腺癌細胞株におけるARID1Aの遺伝子ノックアウト細胞を用いてARID1Aの制御する下流遺伝子群を、マイクロアレイ法を用いて網羅的に検討する。マイクロアレイの結果を用いてパスウェイ解析を行い、標的遺伝子が制御するシグナル経路を同定する。
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