ヒトの臨床症例を用いた難聴の病態解析は、検体が開頭剖検時にのみ得られること、形態温存が困難であること、組織標本の作製に年単位の期間を要することから、光学顕微鏡レベルでのセロイジン包埋切片の形態解析が主であり、分子生物学的解析は、未だ方法論が議論されている段階である。老人性難聴の病理組織学的解析は、Schuknechtらにより感覚細胞性、蝸牛神経性、血管条性、基底板振動障害性の4つのタイプの形態学的解析分類がなされているが、約1/4の症例で原因を説明しうる光学顕微鏡的病理組織所見を持たないと報告されている。そこで老人性難聴のヒト内耳病態への分子生物学的アプローチとして、以下の研究を行った。 1)前期高齢者と超高齢者間での免疫組織学的解析の結果、内耳に多く発現するcochlinが、ラセン靱帯基底稜を中心に、超高齢者群において広く均一にと発現する傾向を認め、ラセン靱帯におけるcochlin分布の変化が老人性難聴に影響を与えている可能性を指摘した。 2)ヒト内耳病態への分子生物学的解析と形態評価を融合したアプローチを開発する目的で、ホルマリン固定パラフィン包埋内耳切片より、ラセン靱帯をレーザーマイクロダイゼクション法(LMD法)により機能単位別に採取し、ラセン靱帯においてcochlinをコードするCOCH mRNAのヒトでの局在を同定した。 3)ヒト内耳における核酸定量解析技術の確立目的に、LMD法を用いたmtDNAの定量解析を試みた。MELAS症例の側頭骨において、有毛細胞、ラセン靱帯、ラセン神経節細胞におけるmt3243変異率の測定が可能であり、内耳におけるmt3243変異に対する機能単位別の脆弱性を明らかにした。 4)ヒトラセン靱帯におけるCOCH mRNAの定量解析をホルマリン固定パラフィン包埋側頭骨切片より試みたが、mRNAのホルマリン固定による修飾・断片化により微小検体からの定量化は困難であった。
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