上下回旋斜視患者は、異常な「スラント感覚(回旋視差により惹起される前後方向への傾き知覚)」を普段感じることはないが、アナグリフ両眼分離下(片眼に赤、反対眼に青のフィルターを眼前に設置する方法)で回旋視差のみを有する視標を見た場合、両眼単一融像視できれば、正常と異なるスラント感覚を知覚していることが分かった。つまり、上斜筋麻痺や滑車神経麻痺の患者のように外方回旋偏位がある場合、平坦な道でも内方回旋視差が加わって見えるために、上り坂のように感じるはずであるが、彼らがその異常なスラント感覚を自覚するというエピソードはなかった(後天性滑車神経麻痺の急性期にはこの異常なスラント感覚を感じることが臨床的には稀にある)。このメカニズムを考察するに、日常視では立体的な視対象を見る際、種々の単眼性および両眼性の手がかりを利用して、立体像を脳内に再構築しているが、この手がかりのうち回旋視差を上下回旋斜視患者は無視している可能性がある。一般的に長期間罹患している斜視患者は片眼の情報を脳が無視する「抑制」という状態になっており、両眼視機能が低下していることがあるが、本研究で認められた現象は、両眼視は可能であるにもかかわらず、回旋偏位に伴う異常スラント感覚を自覚していなかった。これを「スラント抑制」と考えた。また、synoptometerを用いて行った研究により、上下回旋斜視患者はむき眼位によって回旋偏位が変化することを認めた。これら2つの研究から、上下回旋斜視患者は視線の方向により異常なスラント感覚が変化していると考えられるが、視覚的違和感を消失させるために、スラント抑制によるアダプテーションが生じていると考えた。
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