長野県は、野生のツキノワグマによる外傷が毎年10件程度発生している。創の洗浄や縫合を行った後に、感染予防のために抗菌薬の投与は必須である。しかし、クマによる外傷に対して使用する抗菌薬のガイドラインは存在しないため、イヌやネコによる外傷に準じて抗菌薬の選択が行われている。本研究では野生のツキノワグマの口腔内常在菌を調査する事により、受傷時に選択する抗菌薬に対して新しい知見を見出すことを目的とした。 長野県内で捕獲された野生のツキノワグマ10頭の口腔内をスワブで擦過し、これを培養サンプルとした。BTB、羊血液、チョコレート寒天培地を用いて培養を実施し、63株の菌株を分離した。分離株の同定は16SrRNA領域の遺伝子配列の解析を行った。薬剤感受性試験は動物による外傷に対して推奨される抗菌薬10種類(シプロフロキサシン、セフタジジム、イミペネム、ドキシサイクリン、クリンダマイシン、スルファメトキサゾール/トリメトプリム、アモキシシリン、アモキシシリン/クラブラン酸、ピペラシリン、ピペラシリン/タゾバクタム)についてEtestを用いて実施した。 同定検査の結果、グラム陽性菌が12菌種16株、腸内細菌属が11菌種26株、ブドウ糖非発酵菌が15菌種18株、真菌が1菌種2株、その他が1菌種1株分離された。 薬剤感受性試験結果はグラム陽性菌はおおむねどの抗菌薬でも感受性があった。腸内細菌属ではドキシサイクリンおよびアモキシシリンに耐性の菌が散在されたが、その他の菌には感受性を認めた。ブドウ糖非発酵菌についてはシプロフロキサシン、セフタジジム、イミペネム、ピペラシリン/クラブラン酸では感受性があったが、その他の抗菌薬に対する耐性を認めた。 以上の結果から、ツキノワグマによる外傷に対する感染予防目的の抗菌薬の選択には、イヌやネコに対する抗菌薬に比べ、広域の抗菌薬を選択する必要が示唆された。
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