食べ物の美味しさを感じられることは、健康的な食生活の維持に重要である。しかし、味覚の感受性は加齢に伴って低下するという問題がある。このような味覚機能の低下の原因は明らかにされていない。そこで、加齢に伴う味覚機能の変化のメカニズムを明らかにすることを目的とし、行動学的、免疫組織化学的および電気生理学的手法を用いて検討した。実験動物として3-6、8-11、17-20、34-37、および69-72週齢の雄性ラットを用いた。様々な味質の溶液(甘味、酸味、苦味、塩味、うま味)と蒸留水のどちらを好むかを判別するために、二瓶法を用いて各味溶液の嗜好率を算出した。その結果、週齢の増加に伴って甘味またはうま味に対する嗜好率は低下した。一方、苦味の嗜好率については、週齢の増加に伴って高くなった。塩味または酸味については週齢間で差はみられなかった。さらに、同質の味について濃度比較をしたところ、69-72週齢のラットは酸味以外の味溶液では低濃度よりも高濃度の溶液を好む傾向を示した。したがって、週齢の増加に伴い、味の閾値が高くなっていること、また、甘味、うま味および苦味に対する味覚嗜好性は加齢により変化しやすいことが行動実験から明らかとなった。次に、甘味、うま味または苦味受容細胞に特異的に発現する蛋白質を免疫組織学的手法によって検出し、受容細胞の数を週齢間で比較・検討した。その結果、週齢間で受容細胞の数に大きな差は認められなかった。また各週齢のラットの舌に味溶液の刺激呈示をした際の鼓索神経(味覚神経の一つ)の応答を記録した実験でも、週齢間で応答に大きな違いは認められなかった。これらのことから、加齢に伴う味覚嗜好性の変化には、末梢機能よりも、動機づけや情動などに関わる中枢神経系の変化が大きく影響している可能性が高いことが示唆された。したがって、加齢に伴う脳機能の変化について、今後検討すべきである。
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