本研究の目的は、冷刺激と冷感をもたらすメントールに感受性を持つ受容体、Transient receptor potential melastatin 8(TRPM8)の発現を指標にし、歯の移動に伴う痛みの発現機序について明らかにすることである。TRPM8は温度受容体遺伝子として同定されたTRPスーパーファミリーに属するCa2+透過性の非選択性陽イオンチャネルである。歯根膜は機械受容性ルフィニ神経終末に加え、豊富な侵害受容器が存在することが知られているが、歯根膜神経におけるTRPM8の存否、局在、存在意義については全く不明である。TRPM8の歯根膜神経における発現の存否、局在、および、実験的歯の移動に伴う局在の変化を遺伝子およびタンパクレベルで免疫組織化学的および分子生物学的手法を用いて検索することとした。 本年度は、Waldo法を用いた歯の移動実験モデルを用い、対照群との比較を行った。実験動物として、8週齢のWister系ラットを用い、片側の上顎の第一、第二臼歯間にゴム片を挿入、実験1日後、灌流固定を行い、上顎骨を採取した。上顎骨は後固定、脱灰後、パラフィン包埋し、パラフィン切片を作製した。切片は、抗TRPB8および神経のマーカーとして抗PGP9.5抗体免疫染色を行い、反対側の歯の実験的移動を行わない群を対称群として比較した。 TRPM8の免疫陽性反応は、対照群および実験群において、歯髄神経の一部に認められた。PGP9.5陽性反応を示した歯根膜神経において、歯の実験的移動群および対照群においても同様に、抗TRPM8に対する陽性反応は観察されなかった。歯根膜神経の細胞体が存在する三叉神経節についても更なる検討を重ねる必要があるものの、歯の移動時の歯根膜において、TRPM8の局在変化が認められなかったことから、歯の移動における痛みの伝達にTRPM8が関係する可能性が低いことが示唆された。
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