研究概要 |
現代では看護の対象を生活者として捉え、病院看護と家庭看護の連携が求められている。本研究は日本の医療史の中に病院看護と家庭看護の源流を探ることを目的とする。今回は明治初期に初等教育の教科書として採用され、広く普及した翻訳解剖.生理.衛生学書を研究史料とした。 明治6(1873)年初版の松山棟庵、森下岩楠合訳『初学人身窮理』には、その一部に看護に関する章<看病人ノ心得ベキ事>が存在する。この部分を中心に原著と翻訳書との比較検討を行い、翻訳の特徴を明らかにした。また、同時期に出版された病院看護書、家庭看護書との比較を行った。 原著者Calvin Cutterはアメリカの外科医で陸軍将校であった。原著〝First Book on Anatomy, Physiology, and Hygiene"は1840年の初版以降、非常に多くの版を重ねており、多言語に翻訳されていることがわかった。翻訳書『初学人身窮理』<看病人ノ心得ベキ事>の部分は〝Directions for Nurses"として原著の最後の章に掲載されていた。構成は一致し、原著を忠実かつ平易な表現で翻訳していた。原著にある欧米の民間療法に関する一文のみ、翻訳から削除していた。また、翻訳書にある清拭部位の順番については、原著には記載が見当たらなかった。看病人は女性に適しているとし、女性の心得としての看護を提示していた。また、看護学教育の停滞を嘆き、初等教育で看病法を教授することでその不足を補おうとしていた。 同時期に出版された病院看護書、家庭看護書と比較すると、男性が担うものとされていた看病人を女性に適した仕事としていた点に大きな相違があった。しかしどの書も平易な表現かつ実践的な内容であり、看護に必要な知識を普及させることで日本の医療全体の質の向上を図り、国民生活の利益に結び付けたいという当時の有識者たちの意図がうかがえた。
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