本研究は,株式市場の安定化を図る制度であるサーキットブレーカー(以下,CB)制度の効果的な設定条件と運用について,「運用による効果の違い」「制度変化の制約条件」「価値意識の制度形成への影響」の3つを明らかにするものである.取引所へのインタビューと制度変遷の調査から,経済主体と取引所は各々の知識処理機構が有する価値規範を出力の評価による強化学習によって変化させることで,状況適応的なルールを産出していることがわかった.また,経済主体と取引所はルールの担い手,作り手という階層の違う主体同士ながら,動的な相互規定関係を形成することで,互いに産出した判断をそれぞれの知識処理機構において入力として利用している.つまり,取引所は経済状況を鑑みて取引所単独でCB制度を変更しているわけではなく,経済主体の判断が取引所の判断に影響を与え,取引所の判断が経済主体の判断に影響を与えるというループを形成することで知識を作り出していることを示した. 人々の価値意識が現実的な制度形成をどのように制約しているのかを調べるために,国内の18歳以上1000名を対象として貨幣に対する価値意識(貨幣意識)の調査を実施した.結果から,法定通貨とは異なる通貨制度(地域通貨)が流通している地域では,地域通貨が流通していない地域に比べて貨幣の多様性意識が高い傾向にあるが,地域通貨が効果的に循環していない地域では,貨幣の多様性意識が全体の平均よりも低い傾向にあった.また地域通貨によって社会変化を感じている人たちは社会変化を感じなかった人たちよりも多様性意識が高いことから,制度形成と人々の価値意識には強い相関があることが示された. これらの事実から,市場制度の理解として経済主体・取引所・市場制度の3者の相互作用によって各主体の価値意識に基づいた判断が動的に産出されることで市場システム全体が維持されていることを明らかにした.
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