地球の気候変動を正しく理解・予測するためには大気圏と生物圏の複雑な相互作用を解明する必要がある。生物圏から年間数百Tg Cという膨大な量が放出されているテルペンはその反応性の高さから容易に大気エアロゾルを生成し、また大気のHOx濃度に重要な影響を与えている。しかしその大気寿命に関しては未知のファクターが多い。気液境界相はその他の媒体とは本質的に異質な、極めてユニークな媒体である。例えば、気液境界相では特定のアニオンが選択的に存在し、そこでの反応速度は液中のそれと比較しての10万倍以上促進される例も報告されている。近年フィールド観測によって相当量のテルペンが酸性の水の表面に沈着している可能性が示唆されている。 従来、大気環境化学で不均一反応を調べるときに一般的に用いられるのがフローチューブ法や液滴法である。これらの実験装置で測定できるのは気体の濃度の減少であり、気液境界相の組成が反応性気体との反応によってどのように変化するかに関して情報を得ることはできなかった。筆者は新しく考案した気液界面反応測定装置を用いて気体のピネン、リモネンがどのように酸性表面に吸着・変質するかを調べた。その結果、これらのテルペンはpH 4以下の水の表面に吸着し、気液界面でオリゴマー化することが明らかになった。オリゴマーの生成収率は吹き付けるテルペン類の濃度に比例して大きくなった。酸性の水の界面に存在するH3O+イオンによってテルペン類がプロトン化し、オリゴマー化が進むと考えられる。pH 4以下の弱酸性表面は実際の森林において十分に存在する条件であり、この気液境界相における不均一反応が気体テルペン類の未知のシンクになっていることが初めて実験的に明らかになった(Enami et al. J. Phys. Chem. Lett. 2012)。
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