本研究では、インドの周辺部における社会的変動とその再編過程における新たなエスノスケープの創出を、社会人類学的な手法により明らかにすることが目された。主な対象となったのは「指定トライブ」および「ムスリム楽士」というマイノリティ集団である。彼らは、経済自由化やグローバル化の影響下で、従来の社会構造における支配層の庇護の喪失を経験し、新たな生計戦略を創出しなければならない状況下にある。双方ともに共通しているのは、都市部の観光化に伴って生み出された近代的産業の末端への編入を試みるとともに、社会関係資本を駆使して新たな賃金労働の機会を獲得するために、緩やかではあるが、空間的な移動を活発化させている点である。本研究の主眼は、こうした移動性が生み出す両集団の社会空間の収縮・拡大の状況や社会的ネットワークの変質状況を明らかにするとともに、両集団にみられる、これまでとは異質なエスニシティの創出とその共同性を生み出す原理を明らかにすることにあった。集約的なフィールドワークの結果、指定トライブに関しては、都市への流入よりも、親族・姻族ネットワークという従来の社会関係資本を可能な限り拡大させながら、都市から離れた周辺部を移動する分散型のネットワークが形成されていたことが明らかになった。一方、ムスリム楽士集団は、自らの芸能に関する技能やレパートリーを変質させ脱文脈化することで、都市部を中心として生み出された近代的な音楽産業に編入されていき、前者に比べると流動化が際立っていることが理解された。本研究では、グローバル化と旧来の社会構成の崩壊による周辺諸集団の社会再編の動態が多様であり、かつその再編がそれぞれの集団の持つ職能の伝統性の質や性格によって規定されていることを明らかにした。このことは、従来近代化論で提示されてきた「カースト」持続論や消滅論のもつ理論的な脆弱性を明らかにすることにつながった。
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