研究課題/領域番号 |
23820025
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研究機関 | 京都大学 |
研究代表者 |
西村 周浩 京都大学, 白眉センター, 助教 (50609807)
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キーワード | ラテン語 / suspicio / Mars / Mavors |
研究概要 |
印欧語族の名詞形態法の研究は1970年代飛躍的な発展を遂げ、現在においても多くの研究者の関心を集めている。本件は、学界におけるこれまでの研究業績の蓄積に基づきながら、印欧語族の中でもラテン語の名詞形態法に着目したものである。ラテン語は印欧祖語に再建される複雑な形態法を単純化するという道をたどった。この点は、同じ印欧語族の中でも保守的なインド・イラン語派やギリシア語と大きく異なる点である。ラテン語を研究することは、古い段階の痕跡を的確に抽出することから始まり、これは言語変化のシナリオ構築を目標とする歴史言語学に貢献するものである。 こうした研究目的の下、私はまず英語の名詞suspicionの語源にもなっているラテン語のsuspicioの形成法について研究を行った。多くの先行研究で古い段階として想定される^*sub-specioは、後部要素としてspecio「見る」に含まれる語根の長母音を伴う異形態(第2音節に見られる-e->-i-は第3音節の-i-に起因する同化現象)を前提とするが、接頭辞に後続する位置で語根がそのような長母音を示すことは印欧語の名詞形態論においては考えにくい。そのため、私は全く新しい語源の構築を目指し、specioとは異なる動詞語根との関連付けをUCLAおよび京都大学での国際学会にて発表、一定の評価を得た。 同じ名詞に関わる問題として、ラテン語の神格名称Marsとその別形Mavorsの歴史的な関係についても分析を行い、論文として発表した。そこでは、後者をMarsの古形と考える伝統的な考え方を否定し、民間語源的に二次的に作られたMavorsが音変化の結果さらに別の形をもつに至るプロセスを明らかにした。このように、語形成を考察する際には、要素間などで起こりうる音変化に注意を払う必要がある。ラテン語の母音融合を対象とし出版された論文もその一助となるものである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
印欧語族の名詞形態法はその多くを多様な接尾辞が担っている。同語族のラテン語もその例に漏れない。一方で接尾辞には頼らない形成法もあり、ラテン語suspicioに関する研究はその一端、すなわち、語根の母音を延長することで派生を行うという印欧祖語のプロセスがラテン語にも痕跡的・間接的に見られることを明らかにした。この形成法は接尾辞を付加する手法とも関連性があり、研究上その方面への新たな展開も期待される。
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今後の研究の推進方策 |
「現在までの達成度」でも述べたように、ラテン語suspicioの研究を通じて新たな問題も浮き彫りになった。それは、acer「鋭い」やsacer「神聖な」という形容詞に見られる長母音の現れをどのように説明するかという問題である。私はこのテーマを重要な関連事項として本件の研究に追加する。その結果、当初計画されていた他のトピックへの時間的な配分が相対的に減少することになるが、今のところデータ収集など基本的な操作は順調に進んでいるので、一定の成果を得られることが予想される。
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