研究課題
名詞形態法の研究は印欧比較言語学の中でもとりわけ重要な課題である。本研究もその点を意識しつつ、印欧語族の中でもラテン語の名詞形態法に注目したものである。ラテン語は印欧祖語に再建される複雑な形態法を大幅に単純化している。しかし、比較言語学の手法を用いることで古い形態的痕跡を抽出することは十分可能であり、それは言語変化の流れを大局的に把握することにつながる。こうした研究目的のもと、私はラテン語suspicio「疑い」(第2音節の-i-は長い)の語形成法について詳しい分析を行った。伝統的に古い段階として設定される*sub-specio(-e-は長い)は、後部要素を動詞specio「見る」の語根の延長階梯に求めたものである(長母音-e- > -i-という音色の変化は第3音節の-i-に起因する同化現象)。しかし、接頭辞に後続する位置で語根が延長階梯を示すことは印欧語の名詞形態法においては考えにくい。私は解決の糸口をsuspectus「疑わしい」という関連する形容詞に見出した。本来の形成法su-spectusからsus-pectusのように異分析されることで、後半の-pectusが、語源的に無関係で、なおかつ延長階梯を頻繁に示す語根と二次的に関連付けられ、その結果suspicioが語根部分に長母音を獲得したと私は結論付け、これを論文として出版した。名詞に関わる別の課題として、ラテン語の神格名称Marsとその別形Mavorsの歴史的な関係についても継続的な分析を行った。私は、後者をMarsの古形と考える伝統的な考え方を否定する立場から、Mavorsが二次的に形成された民間語源的な操作の詳細に迫った。そこには、別の威信ある神格名称と類似させたいという話者の欲求、擬古的な形式を作り出すに問題のない音変化に関する経験的知識などが複雑に絡み合っていた。この成果は研究報告会において発表した。
24年度が最終年度であるため、記入しない。
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Tokyo University Linguistic Papers (as Festschrift for Professor Hiroshi Kumamoto, ed. T. Hayashi, et al.)
巻: 33 ページ: 187-203
The Classical Review
巻: 62 ページ: 479-481
DOI:10.1017/S0009840 X12000662