当該年度は、十六世紀トスカーナ大公国の文脈における記憶術のロクスに対する視覚芸術の具体的な影響をさぐるべく、コスマ・ロッセッリ著『人工記憶の宝庫』(1579)を中心に分析した。同著で設定される地獄・四元素界・天界・天国の記憶ロクスのうち、特に放射幾何学状の構成をとる地獄および天国のロクスに着目し、トスカーナ大公国の視覚芸術からの影響をさぐった。 地獄のロクスについては、中央の悪魔ルチフェロを取り囲んで七大罪のゾーンが設置されていることから、ピサのカンポサントにあるブッファルマッコの壁画「最後の審判と地獄」(1330~1340年代)における同様の構成の地獄表象との対応関係を、詳細に分析した。七大罪の置かれる順番や、悪魔や罪人の表象方法などから、ドミニコ会修道士であった著者ロッセッリが、同じドミニコ会の影響下にカンポサントに描かれた中世の地獄表象画を創造的な仕方で自身の記憶術に取り込んだことを、説得力をもって示すことに成功した。 また天国の記憶ロクスについては、視覚芸術からの影響だけではなく、同時代に隆盛を極めた文献学的情報のレファランス・ツールたる「常套句集」(libri di loci communes)とも関連付け、この天国のロクスが一種のヴィジュアル常套句集、すなわち「常套イメージ集」としても機能することを、同時代の視覚芸術文化の広い文脈のなかで検証した。これらの研究成果は『西洋美術史研究』の論文としてまとめられた。 さらに十六世紀の百科全書的蒐集とミュージアム建築の創造的関連を、S. Quicchebergの著作『Inscriptiones vel tituli theatri ampilissimi ...』(1565)に探った英語論文を、Oxford大学出版の『蒐集史ジャーナル』に投稿し、採用・掲載された。
|