本研究は、19世紀初頭に公刊されたグリム兄弟の『ドイツ伝説集』を研究対象としている。研究の目的は、ドイツ語圏の伝説研究の視点から、『ドイツ伝説集』を中心にヨーロッパ文化の表層にある正統派キリスト教と、その深層にある「異教的・異端的なもの」を解明することにあった。この研究テーマを平成23年度から継続してきたが、平成24年度においては、特に伝説における〈腐らない遺体〉のモティーフに注目し、死体が引き起こす怪異に関する伝承について比較を行った。 〈腐らない遺体〉モティーフは、キリストの不朽遺体伝承にはじまり、肉体の一部が生前の姿のまま残る話など、東西にさまざまな型がみられるが、『ドイツ伝説集』における話型は、死者でありながら生前と同じ生活を続けるという型が主であった。伝説集に描かれている〈腐らない遺体〉の伝承は、死者の生前の身分・立場(王・英雄、聖者、市民)によって、話型を大別できる。また、死者が生前に行った善行、あるいは生前の超人性、死に至る過程の特殊性から、さらに分類することが可能であることがわかった。そして、この話型は、語りの目的によって使い分けがあり、『ドイツ伝説集』の腐らない死体は、死者が市民の場合には死への哀惜が、王・聖者・英雄の場合には死を超越する個人の能力、あるいは王や聖者が果たすべき使命の重要性が語られていた。 伝説における死体の超越的な力は、土・火・水・気で表される四大要素のうち、土の属性に起因しており、『ドイツ伝説集』が、死体を含む土の属性と関連の深いモティーフを中心に構成されていることを明らかにした。またヤーコプ・グリムの研究書である『ドイツ神話学』から、伝説の原型について論じ、キリスト教が普及する以前のドイツ語圏の自然信仰との関連を指摘した。 本研究は、『グリム兄弟「ドイツ伝説集」のコスモロジー』として、鳥影社から2013年に出版されることとなった。
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