京都祇園祭の山鉾の懸装品として用いられているインド絨毯のなかには、17世紀後半から18世紀にかけてデカン(広く南インドを指してこの語を用いる)で織られたと思われるものがある。インドの絨毯では、おもに17-18世紀に北インド、ムガル朝のもとで織られたものが研究されてきた。これまで十分に研究されてこなかったデカン産絨毯の特徴、生産の背景、流通の様子を明らかにすることは、インドにおける絨毯生産の歴史の解明に寄与するだけでなく、当時の絨毯貿易の様子、デカン地方の美術の特徴を考察する手掛かりになると考えられる。 京都のデカン産絨毯と類似するものが、インドや欧米の美術館にも残っていることがすでに指摘されている。メトロポリタン美術館やシャングリラ・イスラーム美術館にもデカン産と思われる絨毯があることが調査の結果、判明した。それらを近年研究の進展したデカン地方の美術・建築と照らして様式的に分類すると、デカン産絨毯には、ペルシアの要素、北インド(ムガル朝)の要素、デカン独自の要素が見られ、それらの要素が融合して独特の様式をなしていることが分かった。 デカン産絨毯の日本での受容を考えるため、オランダ商館長日記等に見られる、日本における絨毯の流通・使用についての言及を集め、それを茶道におけるインド・ペルシアの布の受容と関連付けて考察し、東京国立博物館所蔵の名物裂を調査した。 デカン産絨毯の多くは、17世紀後半にインド南部のデカン地方、とくにコロマンデル・コースト付近の絨毯生産地でヨーロッパへの貿易用に作られたものである可能性が高いと考えられる。本来貿易品であったものが、オランダ人によって将軍や高官への献上品としてもたらされ、後に祭礼でも用いられており、世界各地での摂取の文脈に見られる差異が、新たな異なる価値を生みだしていく様子がうかがわれた。これらの研究成果を国内外の学会誌と学会で発表した。
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