本研究の目的は、東アジア漢字文化圏における文物の交流の具体例として、軍記物語『太平記』における、元代・明代の中国文学受容の様相を分析することにあった。 平成24年度の研究実績は、研究実施計画に記した、「出典未詳説話の検討」のうち「同時代資料を用いた出典未詳説話の出典の探索」にあたる。本年度は、特に『太平記』巻三十八「年号改元之事 付大元軍之事」を対象として調査を行った。この説話は、宋と元との合戦を扱うもので日本文学史上例が少ないもので、同時代資料との接触が想定されるものである。特に、平成24年度は、同時代資料に基づく歴史的事実と『太平記』での描かれ方との相違点を調査し、元の名将であるにもかかわらず、「宋」の名将として登場し、楠正成に似た戦略を用いたとして描かれる伯顔という人物に注目した。そして、その伯顔に、第三部において楠正成の後継者として描かれる楠正儀の敗北を暗示する役割を担わせるという、『太平記』終末部の構想との関連を指摘した。この成果については、平成24年12月刊行研究論文集に発表した。 また、『太平記』の様相を考える上で諸本間の本文異同の研究は欠くことができないため、書写年代が古く、独自性が指摘されながら基礎的研究の進んでいなかった陽明文庫蔵今川家本『太平記』の調査を行った。その成果として、今川家本は、神戸大学人文科学図書館所蔵の釜田本『太平記』に類する本文からの補写が行われた取り合わせ形態の伝本であることについて、平成24年12月に研究発表を行った。
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