本研究は、現代日本社会において「働くこと」を含めた生涯学習社会の再構築をめざし、ワーク・ライフ・バランス関連の政策・研究の批判的検討から社会教育研究の課題を導出することを通じてワーク・ライフ・バランス社会に対応した社会教育研究の新しい領域を創出する基盤形成に寄与することを目的とするのものである。 本年度は、以下の課題に取り組んだ。第一に、ワーク・ライフ・バランスの問題を提起する一つの主体として、市民による過労死防止基本法制定運動の動向を把握した。ここから、制定運動の中で経営者が登壇し、企業経営の立場から過労死・長時間労働への問題提起がなされるなど、労働者の生命・健康やワーク・ライフ・バランスをキーワードに新しい連帯を生み出す萌芽が認められた。 第二に、過労死問題に対する社会運動の特性を明らかにするために、他の労働運動との比較を行った。具体的には、労災職業病に特化し半世紀の歴史をもつ労働運動団体の事務局長へのインタビュー調査、および2000年代以降に派生した若者の労働運動のリーダーへのインタビュー調査を実施した。この中で、労災職業病に取り組んできた団体から過労死問題に対する社会運動の意義について一定の評価がなされたが、過労死遺族の活動は労働運動とは別種として認識されていること、若者の労働運動では、その組織運営や運動手法において反グローバリゼーションや反貧困の社会運動に関わった経験がもちこまれていることが明らかになった。これらの観点は、労働運動の変容に関する系譜と展開を解明し理論化していく上で重要な示唆を与えると考えられる。 以上より、本研究を通して、ワーク・ライフ・バランスの問題を提起する市民の側のうち、特に労働運動・社会運動に関わる動向の具体像について、一定の解明が達成された。
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