障害をもつアメリカ人法(ADA)において成文化されている「合理的便宜」とは、合理的便宜を供与しないことが差別にあたるという概念であり、使用者にコスト的負担がかかることとは無関係に差別が認定される。これに対し、1964年公民権法第7編において成文化されている「差別的効果(間接差別)」とは、コスト的な負担がかかるという使用者側からの立証があれば差別が阻却されるという概念であり、両者は差別の禁止とコスト上の負担との関係において、相対立する概念である。日本は今後、障害者権利条約を批准するための国内法整備を行う必要があり、内閣府に設置された障がい者制度改革推進会議・差別禁止部会が提示した意見などを参考に、障害者差別禁止法を制定していくことが予想される。その際に、障害者に対するいかなる行為を差別と定義するかを考えなければならなくなるが、本研究において明らかにした「合理的便宜」と「差別的効果」の概念の違いは、そのような立法化作業の際に意義を有すると考えられる。 一方、日本に先駆けて障害者差別禁止法を制定したアメリカにおいては、近年雇用差別禁止法全般(ADAをはじめ、その他の差別禁止法)の衰退が著しい。ADAをめぐっては新たな判例の展開などの目立った動きがない。本研究においては、この原因がどこにあるのかについても探究し、その結果、次のようなことが明らかになった。すなわち、使用者は今日、労働契約中に義務的紛争事前解決条項(義務的仲裁条項)を挿入するようになっており、それ故に労働者は個別的労働関係紛争が生じた場合に、これを司法などの公的紛争処理機関に申立てると、当該条項違反として即時解雇されるようになっている。かかる条項の存在ゆえに、差別問題は公的には法律問題としては浮上しなくなっているのである。
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