E・H・カーの受容に焦点を当てた前年度に続き、ハンス・モーゲンソーとハロルド・ニコルソンを検討の俎上に載せた。開始当初から問題となったのは資料の不足、具体的には彼らを取り上げた論稿の少なさであった。ただ、このことはかえって、前年度の知見を裏付ける結果となった。というのも、カーに関する検討で明らかになったのは、日本の知識人たちにとって、英米の国際関係論が輸入の対象ではなく共鳴の対象だったという点であり、モーゲンソーやニコルソンに関する論稿の少なさは、やはり英米の理論が偶像的に崇拝・摂取されたのでないことを示していると考えられるからである。この成果を受けて、資料調査では、日本の受容者の側へと視点を移し、その代表格と目された丸山眞男に焦点を当てた。具体的には、東京女子大学に所蔵されている丸山の蔵書や手稿を読み解き、本研究で対象とした理論家らの著作を彼がいかに読んでいたかを検討した。また、その読みが、丸山の学問的営為の中で占めた位置を明らかにするべく、丸山の日本思想史研究についても若干の検討を行った。以上の成果は昨年度から執筆していたカーの受容に関する論文を推敲する上で有用なものとなった。他方、モーゲンソーおよびニコルソンの受容に関しては、少なくとも現時点において、単体の論文としてまとめられる見込みはない。ただ、そうして論文として発表できる形でないまでも見えてきた彼らの受容に関する特徴は、前年のカー受容に関する研究の成果をさらに裏付ける形で、近代とどう向き合うかという問題が日本の受容者らの関心の中心となっていたことを示している。その点、日本の国際政治学の独自性を理解に向けて、その糸口を発見するという本研究の主目的自体は達成されたと言える。今後は、今回の成果をうけて、受容者たちの個別な検討をさらに進める中で、同じ問題の解明をさらに進めて行くこととしたい。
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