本研究は、世界に先駆けてインクルーシブ社会の推進を掲げたカナダが、「人間の『差異』をどう扱うか」というインクルーシブ社会で最大のタスクを、社会不適応の典型である知的障害に対して、どのように達成しようとしてきたのかを解明することにより、日本におけるインクルーシブ社会の実現へ向けた課題と方法について示唆を得ることを目的とする。本年度は以下の研究作業を行い、成果を得た。 1.1920年代末から1930年代のカナダ・オンタリオ州立知的障害者施設における入所者のコミュニティ復帰構想の経緯と内容を解明することにより、1960年代以降の脱施設化運動を再考するための新たな知見を得た。当時同州では、精神科医等の専門家団体において、障害者入所施設の隔離化や生殖防止のための断種法制定に関する議論など、知的障害者をめぐり様々の主張が存在していた。第4代州立施設長のマギーは、知的障害を脅威とする論理と断種の実施に対して不支持の立場をとり、同州断種法の制定を阻止した人物であった。彼は知的障害者の施設収容の限界と社会的包括の必要性、さらに入所者が施設外で生活することについて訓練の有効性と経済的効率性を指摘し、副施設長らとともに、コミュニティ復帰策として(1)地域生活を意図した施設内教育・訓練、(2)仮退所制度の導入、(3)コロニーの設置を行ったのであった。 2.平成24年4月~5月に英国ロンドンBritish Libraryにて、大英帝国から独立直後のカナダがモデルのひとつとした、英国の障害児施設に関する所蔵調査と資料収集を行った。先行研究では未検討であった、当時の英国とカナダの関連を示す史料を発見・収集した。 3.関連研究分野の学会等研究集会において随時、研究成果を報告するとともに、関係研究者との討議を通して、本研究の分析方法や考察の妥当性について検討を重ねた。
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