本研究のテーマは、リベラル・デモクラシー論における社会的選択理論、特にアローの一般不可能性定理の含意を検証し、その含意がリベラル・デモクラシーにとって否定的であることを明らかにするとともに、それに対してリベラル・デモクラシーを擁護するという観点からどのような応答が可能かを示すことである。 より具体的には、アローの一般可能性定理は民主的な集団的意思決定の可能性を否定すると一般的には解釈されるが、その定理は投票のような通常の意思決定の可能性とともに、社会契約のような長期的なコミットメントを伴う意思決定の可能性をも否定する。ところが、後者の意思決定をアローは前者と時間の観点から区別なく捉えているが、双方がその観点で区別されることには、前者に対する後者の道徳的優越性を保証するという政治的意義がある。さらに後者の意思決定は、アローの否定的な結論から擁護可能である。そして、リベラル・デモクラシー社会の成立を基礎づける集団的意思決定は、前者よりもむしろ後者であるが故に、その社会の成立の正当性は擁護されうる、ということを論じた。 本研究は、これまでその影響力の大きさにも関わらず政治哲学からの返答が少なかったアローの定理に関して、その定理が発表された著書『社会的選択と個人的評価』のテキスト解釈を通じてその規範的意義を明確にすると共に、数理的手法によって定理の構造を明らかにしつつ、その定理からリベラル・デモクラシーの成立要件を擁護できたという点に意義がある。 なお、本研究は2012年度に「リベラル・デモクラシーにおける全員一致の仮定の考察:ケネス・アロー『社会的決定と個人的評価』における時間性と意思決定」というタイトルにて、博士学位申請論文として早稲田大学に提出された。
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