研究概要 |
研究期間の初年度となる今年度は,主として2つの作業を行なった。 第1の作業は,申請者がこれまで行なってきた研究成果を書籍の形としてまとめ,公表することである。 研究成果は京俊介『著作権法改正の政治学:戦略的相互作用と政策帰結』(木鐸社,2011年)として刊行された。このことにより,申請者の問題意識をより広く世に問うことができた。著作権政策の形成過程における政治的メカニズムを解明することを通じて,有権者や政治家が積極的に関心をもたない「ロー・セイリアンス」の政策分野についてゲーム理論を用いながら理論化を行なった本書は,申請者の専攻分野である政治学の研究者のみならず,著作権法の研究者,さらには著作権法に関心をもつ一般の読者からも一定の反響を得ている。この作業は直接的には本研究課題を遂行するものではないものの,日本国内の政治過程について改めて知見をまとめたことにより,本研究課題の直接のテーマである著作権政策の多国間比較分析の足場がより一層確かなものになったという点で,間接的に役立ったといえる。 第2に,私的録音録画補償金制度に関する多国間比較分析に向けた準備作業である。今年度はアメリカの私的録音補償金制度に関する一時資料の収集と分析を行なった。関西および名古屋アメリカンセンター・レファレンス資料室の協力を得て,アメリカの議会資料を多数入手できたほか,3月にはワシントンDCおよびニューヨークにて追加的に資料調査を行なった。得られた一時資料に基づく暫定的な分析の結果としては,立法に関して議会が強い権限をもっていると考えられているアメリカにおいても,ロー・セイリアンスで専門性が高い著作権政策分野においては,専門性をもつ官僚制の役割が重要であるといえそうである。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
3: やや遅れている
理由
研究課題の2本柱のうち,私的録音録画補償金制度の多国間比較分析については概ね順調であるものの,裁判所の行動を分析に取り入れたフォーマルモデルの構築についてはあまり進んでいない。実証分析を進めながら法学者の見解などを聞いたところ,フォーマルモデルを構築するにはクリアすべき点が多すぎて,短期間では十分に完成しない課題であることが判明したためである。
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今後の研究の推進方策 |
「11.現在までの達成度」で記した通り,裁判所の行動を分析に取り入れたフォーマルモデルの構築を短期間のうちに行なうことは困難であるため,今後は私的録音録画補償金制度の多国間比較分析の遂行に集中しつつ,補助的に裁判所が政策形成過程において果たす役割を考察することとしたい。私的録音録画補償金制度については,ドイツやアメリカで裁判所の動きが重要な役割を果たしていたが,近年日本でもこの制度に関する裁判例が出てきており,制度のあり方に何らかの影響を与えていそうである。そのため,このような方法によっても裁判所の行動を分析に取り入れることはある程度までは可能であると判断した。
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