2012(平成24)年度の研究成果を、「1930年代前半 沖縄における郷土教育の思想と実践―豊川善曄と「沖縄人」意識の行方―」(『沖縄キリスト教学院大学 論集』第9号、2012年12月)として公表した。 同論文では、沖縄県立第三中学校教諭であった豊川善曄(1888-1941)の思想と実践を、『沖縄教育』誌上の議論を中心に分析し、沖縄の教師たちが、1930年代初頭の沖縄における郷土教育にどのような可能性を見出そうとしたかを検討した。 近代沖縄教育史は、「同化」「皇民化」という用語で説明されてきた。教師たちは日本政府の同化政策を無批判的に推し進めた存在だと理解されてきた。しかし、1930年代初頭の郷土教育が盛んな時期、豊川善曄をはじめ幾人かの教師たちは、強い「沖縄人」意識をあらわにし、その必要性を訴えていた。豊川は、郷土教育の目的を沖縄の「民族魂」の鼓吹であるとまで高唱していた。なぜそのようなことが戦前日本の公教育の場で可能であったのか、その教育的、社会的背景を探り、その思想の輪郭を描き、陥穽を指摘した。豊川の強い「沖縄人」意識の提唱は、従来の「同化」教育を批判的にとらえる視点を有するものであり、新たな沖縄教育の可能性を内包するものであった。しかし、その「沖縄人」意識は、帝国日本の多民族性を前提に成り立つものであり、帝国日本内部の民族序列秩序を揺さぶるものではありえず、逆に強化させかねないものであった。 沖縄人教師たちが押し付けられた近代教育をどのように自らのものにしてゆこうとしたのかを思想史的に探ろうとする本研究課題に対して、本論文は暫定的な答えを提示したものである。
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