視覚環境における適応の根底には様々な予測機構の働きがある。その一つが,我々の近年の研究からその存在が示された“非意図的な時間文脈ベースの予測”とよばれる機構である。我々を取り巻く視覚環境には,常時膨大な数の視覚オブジェクトが存在し,その多くはその見えを時々刻々と変化させている(人や動物,車,飛んでくるボールなど)。非意図的な時間文脈ベースの予測機構は,そのオブジェクトの現時点までの時間文脈(すなわち,そのオブジェクトの現時点までの動きや変化のパターン)からルールを抽出し,それを基に予測モデルを形成することで,そのオブジェクトが次にどのように変化するのかを事前に,意図に関わらず自動的に予測する。本研究は,この非意図的な時間文脈ベースの予測に関わる脳内情報処理メカニズムを解明することを主眼とした。今年度は特に,脳波の一種である事象関連脳電位(event-related brain potential: ERP)を用いた生理心理学的実験を通し,非意図的な時間文脈ベースの予測を反映する2タイプの脳活動の同定に成功した:(1)予測された事象と実際の事象が不一致の際に生起する,視覚皮質―前頭前野に発生源をもつ視覚ミスマッチ陰性電位(visual mismatch negativity: vMMN),および(2)予測された事象と実際の事象が一致した際に生起する,視覚皮質に発生源をもつ視覚誘発電位(visual evoked potentials: VEPs)の増強および抑制。これらの結果は,非意図的な時間文脈ベースの予測が視覚皮質-前頭前野間の双方向性のネットワークにより達成されている可能性を支持するとともに,近年提唱されている脳内情報処理の包括的理論である予測符号化理論(predictive coding theory)と整合する知見である。
|