地球規模の環境問題やエネルギー問題による社会構造の変化が進む中,有機半導体デバイスは安価で,しかも環境負荷が小さい塗布プロセスで製造可能であり,機械的柔軟性といったユニークな特徴を持つため近年その社会的関心が集まっている.なかでも有機トランジスタは,低価格のスイッチング素子として期待され,その移動度が向上すれば,市場規模も大規模に拡大することから多大な注目を集めている.有機半導体が高い移動度を実現するために必要な条件としては,分子間で同位相の軌道が有効的にオーバーラップすることが挙げられるが,これまでに開発されてきた材料の多くは,集合体構造をとった際に分子が長軸方向にずれた構造体を形成している. そこで本研究は,フェナセン型の電子構造を有する骨格に着目し,種々のカルコゲン元素を導入することによる分子軌道と集合体構造の制御を試みた.興味深いことに,導入する元素により集合体構造が異なることをX線結晶構造解析から明らかとした.特に,硫黄を有する化合物は分子の長軸方向に対して同位相の軌道係数を有し,その集合体構造は二次元伝導に有利なヘリングボーン構造を形成していた.さらに,パイ電子コアが長軸方向に対してズレがなくパッキングしているために,バランスのとれた大きなトランスファー積分を有していた.また,光電子収量法を用いて化合物のイオン化ポテンシャルを測定したところ,5.8 eVとp型半導体として機能することが期待された.実際に含硫黄誘導体の単結晶を用いてトランジスタを作製,評価したところ大気中においても安定に動作し,最高で移動度1.6 cm2/Vsを有する優れた性能を示すことを明らかとした.
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