遷移金属フタロシアニン・ボルフィリン等の対称性の良い分子では、近藤効果に関与する中心金属原子の電子状態は配位子場によって決定されている。そのため特定の軌道やスピン状態に由来する、理論・実験の両面で興味深い近藤効果が実現している可能性が高い。さらに、表面に吸着している分子の特長として、STMによる分子操作や化学反応によって、配位子場を変調し、近藤効果を制御することや、物理パラメータと近藤効果の関係を探ることが可能になる。これらの観点から,Au(111)面上の鉄フタロシアニン(Fe-phthalocyanine: FePc)での近藤効果について、理論・実験の共同研究を行った。 まずAu(111)面上のFePc には2 つの安定な吸着構造があることが判明した。一つは、Fe 原子がAu 原子の真上に配置するオントップ構造である。もう一つはFe 原子が2 つのAu 原子の隙間上に配置するブリッジ構造である。Fe 原子上で測定されたSTS スペクトルは2 つの構造で大きく異なる。スペクトルに現れるピーク形状が近藤効果に由来するのか、そして,なぜ吸着構造によってSTSスペクトルが大きく異なるのかを解明するために、密度汎関数理論と数値くりこみ群(numerical renormalization group: NRG)を用いた理論研究を行った。その結果、スピン自由度に加えて軌道自由度が関与する珍しいタイプの近藤効果が生じていることを発見した。
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