研究概要 |
平成23年度は,まず,酸素存在下で極めて不安定なシクロフェオフォルバイドaエノール(cPPB-aE)定量的に分析する分析手法の開発に成功した。この手法を用いて,cPPB-aEが水圏の様々な試料中から普遍的かつ多量に見いだされることを示した。 次に,cPPB-aEを生産する生物を,特定の植食性プロティストであることを,生物実験と上述のHPLC分析から突き止めた。すなわち,これら植食性プロティストがが食胞作用により餌である藻類を消化するに際して,藻類の光合成器官から遊離されるクロロフィルa(Chl-a)を,消化プロセスを通してcPPB-aEに異化代謝していることを立証した。さらに,有機合成によりcPPB-aEの標準試料を作成し,その物性を調べた。その結果,cPPB-aEは可視光を吸収する色素化合物であるにもかかわらず無蛍光性であり,かつ,in vitroの実験において一重項酸素を励起させる光増感作用(用語の説明を参照)を全く示さないことが確認された。 本研究の生物実験から,cPPB-aE代謝は,繊毛虫類や渦鞭毛虫類を包含するSAR群とCCTH群という二つの真核生物のスーパーグループの間に広範に分布することが分かった。水圏環境の原生動物は70%以上がこの二つのスーパーグループに属すると考えられており,また,cPPB-aEが多量に見いだされるという分析結果と合わせて,cPPB-aE代謝系が水圏環境におけるクロロフィルの代謝分解過程の大きなウエイトを占めていることが示された。なお,これらは,先行研究における分析条件下ではで極めて不安定であるcPPB-aEが,本研究の新しい分析手法により定量的に分析できることになったことにより得られた全く新しい知見であり,水圏生態系における炭素とエネルギーのフローに関する研究において新しい展開が今後期待されるものである。この成果は大変重大であり,現在Nature誌に投稿中である。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
環境中から見つかっている主なクロロフィル代謝産物と思われる化合物の中でも,最重要であると考えていたcPPB-aEを定量的に分析する手法の開発に成功し,実際の試料の分析に応用できた。これによりcPPB-aE代謝の水圏環境における普遍性と量的重要性を示した。また,当初,難関であろうと思われたcPPB-aEを生産する生物を,特定の分類群に属する植食性プロティストであると確証を持って示す事ができた。また,cPPB-aE代謝がクロロフィルの無毒化作用であることを実証できた。
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今後の研究の推進方策 |
昨年度の研究成果から得られたcPPB-aEに関する知見があまりにも大きなインパクトを持つため,今年度はcPPB-aEを生産するクロロフィル代謝に焦点を絞る。よって,当初,多細胞動物プランクトンを対象に計画していたin vivo実験を原生動物を対象に切り替えて実行に移す。特に,蛍光顕微鏡下で,藻類が消化されていく過程でのクロロフィル誘導体の自家蛍光の変化を追う実験に,当初の予定にあった細胞1匹レベルでのHPLC分析だけでなく,各種蛍光試薬を用い,一重項酸素の発生状況の観察やそれに伴う細胞組織の変化も顕微鏡下で観察する。また,琵琶湖と太平洋沿岸で引き続き水試料のサンプリングをおこない,cPPB-aEを含めたクロロフィル誘導体の水圏環境におけるダイナミクスを調べる。また,筑波大学大学院生命環境科学研究科の横山亜紀子助教との共同研究として,cPPB-aEを生産するプロティストの多様性と進化系統関係の研究を進める。
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