本研究では、オクラホマ大学で行われた S. mutans UA159 株に対するゲノムプロジェクトと当教室で行った NN2025 株に対するゲノムプロジェクトで得られた情報を統合し、 スクリーニングを行った結果 S. mutans において ABC 膜輸送体をコードすると推定される遺伝子について、その欠失変異株を作製し、抗生物質の取り込みに関する機能解析を行うとともに、バイオフィルム形成への関与について検討を行った。まず、細胞壁の脂質2重層に取り込まれる蛍光物質をプローブとして、供試菌体を培養し、菌体内の蛍光プローブの残留量を測定した結果、ターゲットの遺伝子を欠失させた変異株で蛍光偏光度は減少し、化学物質の排出に関与していることが示唆された。また、抗生物質を非致死量で添加した培地で培養した供試菌体の遺伝子の発現量を解析した結果、ターゲット遺伝子の発現量が増加していた。さらにマイクロタイタープレートを用いてバイオフィルムの形成を観察したところ、欠失変異株でバイオフィルムの形成も低下していることがわかった。また、S. mutans のシグナル伝達システムの中心となる comC 遺伝子とターゲット遺伝子の関連を調べたところ、comC 遺伝子欠失変異株においてはターゲット遺伝子の発現量が増加していたこと、CSP 添加培地での培養で ターゲット遺伝子の発現量が低下していたことから、この ABC 膜輸送体は、CSPにより発現を抑制されている可能性が示された。以上の結果より、口腔内において齲蝕の主要な病原性細菌である S. mutans は様々なストレスにさらされているが、今回の実験によりそのストレスに対し応答し、生存に寄与するメカニズムの一部を解明できた。
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