犯罪捜査において、事件関係者の記憶の変容は誤認逮捕や冤罪など重大な結果に繋がることがあり、これまで目撃証言や司法面接に関する研究が盛んに行われてきた。しかし、それらの研究は参考人や被害者など犯罪捜査に協力的な関係者にのみ焦点を当てている。犯罪捜査では非協力的な犯人が覚えている内容を否認や隠蔽をしたり、虚偽の供述を行ったりするが、それらの欺瞞行為が記憶に及ぼす影響を検討した研究は限られている。 本研究は、犯罪捜査場面における否認による記憶変容の仕組みを明らかにすることを目的とした。実験は、参加者に欺瞞行為の方略として作話や記憶内容の歪曲をさせた先行研究に修正を加えて実施した。実験では、犯罪場面の映像を視聴させた参加者(N=108)を正直群(視聴した犯罪について正直に記述・回答を行う群)、否認群(視聴した犯罪について関与を否認する記述・回答を行う群)及びdelay群(映像を視聴のみを行う群)に振り分けた後、2週間後に映像に関する記憶テストを実施した。また、正直群と否認群の参加者には、映像視聴後から記憶テストを受けるまでの間に実験について思い出した内容を日誌法の手続きで報告させた。その結果、映像に関する記憶テストでは、正直群、否認群及びdelay群の順に再生率が低下し、それぞれの群間に有意な差が認められた。一方、日誌法で得られた実験に関する無意図的な記憶の想起率は正直群と否認群の間に有意な差は認められなかった。これらの結果は、質問内容に対して元記憶の想起を必要とする作話や歪曲を行わない否認であっても、質問が提示された時に符号化した内容を内的に検索や想起している可能性が示唆されるものであった。また否認には思考抑制に関するプロセスが内包されないことが示唆されるものであった。
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