本研究の目的は,「グループ比較についての推論」に焦点を当て,生徒の統計的推論力の育成を目指した授業の実践を行い,その授業の分析を通して,生徒の統計的推論力の変容を捉え,統計的推論力の育成を目指した教材や授業の有用性を明らかにすることである.研究成果は主に2点である. 1点目は,中学校第3学年で学習する標本調査の導入指導である.現実場面の標本調査を取り上げ,その調査を批判的に考察する授業を行った.「アメリカ大統領選挙の予想」を用い,異なる世論調査の結果を提示したギャラップ社とダイジェスト誌の2社の調査方法を比較し,実際の結果がわからない中で,必要な統計情報を考えるという場面を設定したことで,生徒は統計情報を見るときにデータの背景を考えていることが明確となった.統計情報を見るときの生徒の考えを価値づけて統計教育を行う必要性を感じた.また,本授業で調査方法の大切さに気づくこと,データの量だけでは不十分であることに気づくこと,無作為抽出へとつながる考えの表出という3つの実態や変容が見られた. 2点目は,様々な数学的手法を生徒自ら選択して解決する姿を想定することができる現実事象の教材の開発である.「ラグビーのコンバージョンキックはどこから蹴ると最も入りやすいか」という問題を,ボールの飛ぶ距離,ゴールポストが見える角度,ゴールバーを越えるために蹴り上げる角度の視点から考察した.考察する際の手立ては,ラグビー選手が実際に蹴った地点のデータである.この考察を通して,中学校3年間の総まとめとして活用できること,データについて考える機会となること,多様なモデルを作ることができることという教材の価値が明らかになった.
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