研究課題/領域番号 |
23H05447
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研究機関 | 名古屋大学 |
研究代表者 |
藤巻 朗 名古屋大学, 工学研究科, 教授 (20183931)
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研究分担者 |
田中 雅光 名古屋大学, 工学研究科, 准教授 (10377864)
近藤 正章 慶應義塾大学, 理工学部(矢上), 教授 (30376660)
田中 宗 慶應義塾大学, 理工学部(矢上), 准教授 (40507836)
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研究期間 (年度) |
2023-04-12 – 2028-03-31
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キーワード | 量子アニーリング / 熱ゆらぎ / 負性インダクタンス / 超伝導 / 磁性ジョセフソン接合 |
研究実績の概要 |
本研究では、熱と量子ゆらぎを利用し、より効率的な量子アニーリング回路を目指す。その基盤構築に向け、実験・理論・アーキテクチャの側面から研究を進めている。 その中で、実験は研究代表者のグループ(藤巻、田中雅光)が担当した。2023年度は量子ビットや結合回路の基本形となるπ-SQUIDとその応用編ともいえる量子ビット間結合回路を中心に解析を進めた。π-SQUIDは、超伝導ループに1つのπ接合を挿入した構造を持つ。π接合は、交換相互作用が働く強磁性体を超伝導電極の中間層として用いている。それにより、位相差とジョセフソン電流の関係において、従来のジョセフソン接合と位相差変位分がπずれた形となる。ある一定以上の値をもつインダクタンスを用いて超伝導ループを形成したπ-SQUIDにおいては、量子化条件を満足させる必要性から、自発的に時計回りもしくは反時計回りの周回電流が流れる。実験では、この両方向の周回電流を確認した。ただし、量子ビットでは、さらに小さな臨界電流値とする必要がある。一方、インダクタンスが小さい場合には、外部から加えた電流よりも大きな電流がインダクタンスに流れる。2023年度はこの効果を利用した結合回路(磁束伝送回路)を数値的に解析、実証も行った。電流増加率は、π接合を用いない通常の磁束伝送回路に比べ、3-18倍に達している。 分担者の田中宗は、熱・量子ハイブリッドアニーリングに関し、量子古典対応理論に基づく理論構築を行った。その結果、従来の量子アニーリングに比べ、熱・量子ハイブリッドアニーリングが有効となる条件を見出した。 また、分担者の近藤・田中雅光を中心に、量子ビットの個別横磁場・温度制御アーキテクチャ開発について検討を行った。温度制御回路を検討したほか、制御アルゴリズム検討に必要な評価環境を量子システムシミュレータのQuTipをベースに構築し、簡単なテストを行った。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
実験においては、大きく2つの柱を立てて研究に臨んだ。1つは、希釈冷凍機下での実験環境の構築で、主な点はπ接合を含む超伝導回路作成プロセスの確立となる。強磁性体にPdNi合金、さらにその上にトンネル障壁層として機能するAlOxを中間層としたNbベースのπ接合プロセスを構築した。現在までに、π接合を3個含む超伝導ループにおいて、時計回り/反時計回りの自発電流を観測している。 実験の2つ目の柱は、高効率磁束伝送回路の実証である。この回路は、産総研で試作した通常のジョセフソン接合回路の上に、名大でπ接合ならびに配線を施すことで形成した。結果は概要欄で示したように、量子効果によって、古典限界を打ち破ったとも解釈できる電流増加を観測した。この磁束伝送回路の多段接続についても、数値的に解析し、物理的に長距離となっても、古典的な従来の磁束伝送回路よりも大きな結合が実現できることを示した。 理論においては、熱と量子トンネル効果を同時に制御することを前提として、量子古典対応理論に基づく解析を行った。熱的な揺らぎと量子ゆらぎがいずれも大きい点を初期値として、それらのゆらぎをどのように小さくしていくのか、すなわちどのようにスケジュールするのが妥当なのかを検討した。その結果、温度の高い状態で量子ゆらぎをまず小さくし、その後温度を下げると言った方法に優位性がある可能性を示した。 アーキテクチャに関しては、もともと最終安定点に至る前に途中結果を読み取り、再マッピングしてアニーリングし直すと言ったことを想定し、検討を進めていた。しかしながら温度制御とトンネル確率の制御をスケジューリングする方法の方が有効である可能性が理論的に示されたこと、さらに実験において、隣接する量子ビットよりも遠くの量子ビットとの結合が現実的となったことを受け、それらの解析が可能なシミュレーション上での評価環境の構築を行った。
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今後の研究の推進方策 |
2024年度末の中間評価時点での達成目標に向け、実験としての最初の関門は、希釈冷凍機下で、結合強さも可変としたπ接合結合回路(磁束伝送回路)で結合した2つのπ-SQUID量子ビットを新たに開発したプロセスで形成し、温度依存性も含めた各量子ビットの振舞いを調べることになる。このため、可変結合回路とπ接合結合回路を組み合わせるほか、特徴の1つでもある遠距離の量子ビットとの結合も実験的に調査する。現時点では、希釈冷凍機の測定ステージの雑音環境が十分抑制されているとはいえず、雑音源を物理的に遠ざけたり、シールドを施すなど環境構築対策を施す。 2025年度以降は、大規模化を目指す必要があることから、π接合の特性の再現性確保を図る必要がある。このため、再現性確保の障害となっているエッチング装置などの購入を含め、素子作成プロセスの見直しを行う。またこのプロセスを用いて、量子ビットや結合回路のみならず、制御に用いる単一磁束量子回路あるいは半磁束量子回路を設計・試作し、局所温度制御も含め、最終的な目標である量子アニーリング回路のハードウェア基盤を構築する。 理論的には、温度・量子同時アニーリングに関し、別な理論に基づく検討も始める。その中で、量子ビット間の相互作用や局所磁場パラメータのダイナミックレンジを変化させ、その効果を検討する。 アーキテクチャの側面では、これまで得られた実験結果や理論検討結果を踏まえ、それらを活かす量子ビット接続トポロジーを検討するほか、効率的な制御アーキテクチャの検討を行う。 上述した方針に沿って、最終目標である効率的に解に至る温度・量子同時アニーリングシステムの構築を目指す。
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