研究課題/領域番号 |
23K00157
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研究機関 | 大阪教育大学 |
研究代表者 |
高間 由香里 大阪教育大学, 教育学部, 准教授 (20637029)
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研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2028-03-31
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キーワード | 智証大師関係文書典籍 / 円珍 / 開元寺求法目録 |
研究実績の概要 |
本調査研究は、園城寺所蔵国宝『智証大師関係文書典籍』全46件のうち、 円珍(814-891)自筆、あるいは円珍の添書や加筆を含むとされる史料22件を対象として、これらが円珍真筆か否かを検証し、真筆と認められた円珍の書に時系列を付すことにある。 令和5年度に調査を行った史料は、以下のとおりである。 [一六-一・三・四]請台州公験牒案 四通のうち三通 円珍加筆・[二二]開元寺求法目録(円珍加筆 大中七年九月二一日)・[二三]福州温州台州求法目録(円珍筆 大中八年九月二日)・[三〇]三弥勅経疏三巻(下巻円珍追記 寛平二年閏九月一一日)・[四一]円珍請伝法公験奏状案 草本(円珍加筆 貞観五年三月七日)・[四二]円珍請伝法公験奏状案 自筆本(貞観五年一一月一三日)(・講談社発行、平成十年十月)内での番号)講談社発行、平成十年十月)内での番号) このうち、「開元寺求法目録」は、従来、奥付を含む第四紙の八行だけが円珍自筆であり、その他については筆者不明と見做されてきた。確かに、一瞥の限りでは第三紙までが慎重な筆運びによる楷書で記されているのに対し、第四紙のみ、柔らかく長い穂先を想われる筆で奔放に書かれている。しかし、今回、顕微写真撮影をも含む本目録の詳細な分析を行った結果、第三紙までと第四紙の筆跡には特徴的な共通点が多いことが判明した。例えば、「論」や「広」の一画目では、起筆を左横から長く入れて鉤型に作っている。また、「寺」の三画目のように、比較的長い横線を引く場合、中心に対して極端に左寄りから溜めることなく引き始め、上下に若干の抑揚をつけながら一気に引ききるのも独特の癖である。興味深いことに、こうした特徴は円珍の真筆と見做されている「福州温州台州求法目録」にも散見される。すなわち本目録は、全紙に亙って同一人物の筆であり、しかも円珍自筆である可能性が高いと判明した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
1: 当初の計画以上に進展している
理由
「開元寺求法目録」が全紙円珍真筆とすると、何故異なる筆録態度が混在するのだろうか。そして、そもそも本目録の制作目的はどこにあるのだろうか。この解明には、他の求法目録、すなわち「福州温州台州求法目録」、「青竜寺求法目録」、「国清寺求法目録」、「国清寺外諸寺求法総目録」との関連をも考慮せねばならず、本研究の長期的課題としたい。なお、「開元寺求法目録」については、令和6年度印度学仏教学会学術大会において発表し、論文投稿を行う予定である。 現在、主に解析を進めているのは、「福州温州台州求法目録」・「円珍請伝法公験奏状案 草本」・「円珍請伝法公験奏状案 自筆本」についてである。従来、円珍自筆と見做されている「福州温州台州求法目録」であるが、実物を調査した結果、報告者もこれに異存はなく、在唐中の円珍の筆跡を知る基礎資料として重要視している。その特徴は、気負いのない大らかな運筆で、穂先の長い筆を自在に操る点にある。また、「開元寺求法目録」の楷書に認められたような、癖を敢えて消すような姿勢は認められず、これが当時の円珍の素の筆運びと考えられて興味深い。本目録の解析を進めることで、円珍の基本的な筆癖を確定できるのではと考えている。次に、「円珍請伝法公験奏状案 草本」は、表書の一部が円珍筆と見做されてはいるものの、その他や背書についての言及はされてこなかった。しかし、顕微写真を仔細に観察すると、「開元寺求法目録」で見た円珍特有の筆癖が草本の表裏全紙に亙って散見され、円珍真筆の可能性が高い。その一方で、草本と同年の銘を持つ自筆本はといえば、共通する点はありつつも、伸びやかさと持久力に衰えが看取され、あるいは年代が異なるのではないかと考えるに至った。現在、両本の関係性を含め考察を進めている。
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今後の研究の推進方策 |
令和6年度は以下の5件を調査する予定である。 [四六]太政官牒案 (巻末円珍手記 貞観一三年九月九日)・[四五]官宣旨案( 巻末円珍手記 貞観一一年五月一日)・[五四]伝教大師略伝・[五六]制誡文 (円珍筆 仁和四年一〇月一七日)・[四八]大唐国日本国付法血脈図記( 円珍加筆奥書 会昌四年二月九日) このうち、「伝教大師略伝」は、本調査研究申請時には対象外としていたが、「開元寺求法目録」での成果を踏まえ、これも円珍真筆である可能性が浮上したため、追加で対象とした。以上、5件について、順次、顕微写真・赤外線写真撮影をも含めた自然科学的調査と資料解析を行う。 ところで、現在、坂田墨珠堂において修復中の「国清寺外諸寺求法総目録」ならびに「三弥勅経疏」について、昨年度開催された「国宝智証大師関係文書典籍保存活用専門委員会」において興味深い報告があった。すなわち、「国清寺外諸寺求法総目録」第1紙・14紙の紙背に墨書、「三弥勅経疏」巻上第17・18紙、巻中第9紙の紙背に朱書が確認されたというものである。報告者も委員会の席上で肉眼における確認を行ったが、いずれも円珍の筆に近似しており、顕微写真などの資料を収集したうえで、他の文書類との比較検討を行う必要があると考えている。調査について、すでに園城寺長吏福家俊彦猊下と坂田墨珠堂坂田雅之氏のご承諾を得ており、近日中に取り掛かる予定である。
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