研究課題/領域番号 |
23K00586
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研究機関 | 筑波大学 |
研究代表者 |
金谷 優 筑波大学, 人文社会系, 准教授 (50547908)
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研究期間 (年度) |
2023-04-01 – 2026-03-31
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キーワード | 重複語 / イディオフォン / 脱イディオフォン化 / 構文文法 / マルチモダリティ |
研究実績の概要 |
本年度は、大きく二つの課題に取り組んだ。まず、イディオフォンを基にした語彙項目の創発として「脱イディオフォン化(deideophonization)」(例:ざわざわ>ざわつく)が構文文法の枠組みの中でどのように位置づけられるかについて記述した。具体的には、脱イディオフォン化は、「系統発生レベル(=人間言語の創発)」では構文化、「個体発生レベル(言語獲得)」ではスキーマ化として捉えられるという提案を行った。つまり、両レベルにおいて、ともにマルチモダルなイディオフォンからジェスチャーが脱落した通常の語が進化・発達するという方向性を示すということを論じた。この研究は、本研究課題の分析対象である英語の重複語(chit-chatのように同じまたは類似した要素を繰り返す語)がイディオフォン性をどの程度保持しているのかを分析するうえで重要となる考察であり、成果は、チェコ・プラハで行われた12th International Conference on Construction Grammarで発表した。この研究により、イディオフォンが本来的にはジェスチャーを伴うマルチモダルな構文として心的表示を持つが、実際の使用においては必ずしもジェスチャーが伴わないという日本語の擬情語に関するKanetani (2021)の記述の妥当性を示し、重複語がマルチモダルな構文とモノモダルな構文のどのあたりに位置づけられるのかを検証する下地を整備した。 第二に、英語の重複語の表出性について分析を進めた。テレビ番組の実際の使用データをもとに、重複語の発話時に付随するジェスチャーの分析を行い、観察されるジェスチャーが有意味である一方で、その出現率が高くないことから、マルチモダルな構文として心的表示されているわけでないと結論付けた。その成果をドイツ・デュッセルドルフで行われた16th International Cognitive Linguistics Conferenceで発表し、Tsukuba English Studies 42に論文としてまとめ、公刊した。
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現在までの達成度 (区分) |
現在までの達成度 (区分)
2: おおむね順調に進展している
理由
英語の重複語の表出性や多覚性について、「表現性が高い(expressive)」「言葉遊び的(playful)」「技巧的な効果(aesthetic effect)」などと直感的な記述にとどまり詳細に分析されていないという研究開始の背景がある。また、本研究開始前にイディオフォンの表出性を研究してきた背景から、重複語が英語という言語体系において有標な語であると言える一方、イディオフォンとして真に下位分類が可能か、その場合、どのような性質を持っているのかを明らかにするために、重複語の表出性や多覚性の記述を精緻にしていく必要があるというところから本研究課題は出発した。 初年度は、ablautタイプと呼ばれるもの(chitchatのように繰り返される要素が母音交替を含むもの)に分析対象を限定し、その多覚性を記述することができた。具体的には、ablautタイプの重複語には、有意味なジェスチャーが付随する場合もあるが、それは必ずしも高頻度で繰り返し現れるわけではないため、マルチモダルな構文として音声表現と強く結びついた心的表示を持つわけではなく、純粋なイディオフォンとは区別されるということを明らかにした。これにより、重複語とイディオフォンの関係の一部を明らかにできた。
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今後の研究の推進方策 |
Mattiello (2013)などの先行研究によると、英語のTwin formsは大きく3分類される。そのうち、1年目は主にablautタイプと呼ばれるものに分析対象を絞り、マルチモダルな構文として心的表示されているわけでないと結論付けた。今後の課題は、大きく三つある。まず、ablautタイプのtwin formsがマルチモダルな構文ではないとして、どのような分析方法があるかを考えていく必要がある。これを最初に取り組む課題として位置づけ、現在、構文文法の枠組みで分析を試みているところであり、その成果は、研究発表または論文投稿を次年度中に行うことを目指す。 第二に、twin formsの三分類のうち、他の2タイプ(ta-taのように複数の要素をただ重複させるだけの完全重複タイプとhocus-pocusのように重複要素が韻を踏む脚韻タイプ)については全く分析が進んでいないため、同一の枠組みにこれらのものが取り込めるかどうかを検証する。 第三に、Hirose (2015)などで提案されている「言語使用の三層モデル」に基づき、関連現象の分析を進める。これにより、言語の思考機能と伝達機能に加え、言語の表出機能(思いを伝えるのではなく表示するだけの機能)がどのような特徴をもつのかについての記述を精緻化するともに、その日英語の比較・対照研究を行うことで、英語において、twin formsがどのような機能を持つ要素として位置づけられるのかを明確にしていく。
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次年度使用額が生じた理由 |
当初予定していたRA雇用経費を使用しなかった。理由は、データベース作成のための準備が間に合わなかったためということと、世界情勢の変化により海外出張旅費が当初見積もりより高額になったためである。 次年度も複数の国際学会への出席を予定しており、出張の海外旅費が高額になることが見込まれている。当初計画していたデータベースは、研究者自らが作成するとで、残高は旅費及び資料収集のために使用する。
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